本日、大阪市中央公会堂にて長谷川章氏の「D-K(デジタル掛け軸)LIVE」が開かれました
前にお知らせした、小松氏在住の映像クリエーター、長谷川章さんのデジタル掛け軸。大阪の夜空の下、大阪市中央公会堂をキャンパスに映し出された。
日没から21:30までの短い時間だったが、大阪の人たちも立ち止まって、しばし見上げていた。
今回は、心斎橋ライオンズクラブのイベントだったが、桂三枝師匠もゲストで来ていた。
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前にお知らせした、小松氏在住の映像クリエーター、長谷川章さんのデジタル掛け軸。大阪の夜空の下、大阪市中央公会堂をキャンパスに映し出された。
日没から21:30までの短い時間だったが、大阪の人たちも立ち止まって、しばし見上げていた。
今回は、心斎橋ライオンズクラブのイベントだったが、桂三枝師匠もゲストで来ていた。
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私の尊敬するアーチストの一人である小松市在住の長谷川章さん。その長谷川章さんが、6月8日(月)に大阪市中央公会堂にて「d-k(デジタル掛け軸)」の映像ライブインスタレーションを行うので、ぜひお越しください。
長谷川章さんは、小松在住のクリエーターで、主にCMなどの映像を制作しているCPM(コプメ企画)の代表である。長谷川章氏とD-K(デジタル掛け軸)についての詳しいことはこちらをご覧ください。
「道頓堀ホタル水宣言」
大阪市中央公会堂
(地下鉄淀屋橋駅、北浜駅すぐ)
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昨年の3月にもお知らせしたが、友人のAMIY MORIさんの初メガホン作品、映画「恋極星」のロードショー日程について再度お知らせしたい。
全国ロードショーは3月14日から。福岡では、以下の4館で封切される。是非、皆さんもご覧ください。
シネ・リーブル博多駅 3月14日~
ユナイテッド・シネマ福岡 3月14日~
小倉コロナワールド 3月14日~
ユナイテッド・シネマなかま16 3月14日~
主演はデスノートなど話題作に出演してきた女優の戸田恵梨香さん。共演は「仮面ライダーカブト」の加藤和樹さん。原作は、「別冊フレンド」で発表した短編「君に光を」の漫画家ミツヤオミさんである。
ちなみに、AMIY MORIさんのことは、こちらに詳しく書いているので見てください。
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GW中は全国各地の陶器の町では陶器市が開かれている。
私の住んでいた石川県にも九谷焼があり、能美市の寺井でも毎年5月3~5日に「九谷茶碗まつり」が開催されているが、こちらに来て初めて、有田の街に足を踏み入れて「有田陶器市」を見学してきた。
この日は、GWということもあり、道が混んでいるので運転はパス。バスで有田に行くことに。GW中であったが最終日、それも雨交じりの日だったからか、道は普段よりは混んでいたが、2時間弱で有田に着いた。
会場は、JRの上有田駅と有田駅の間、約2.5kmほどの道に、多くのお店が所狭しと商品を並べて売っている。
「有田陶器市」の歴史は「九谷茶碗まつり」より古く、今年で105回を数える。
規模も大きく、端から端を見て歩くと、ゆうに1時間は越えてしまう。「九谷茶碗まつり」と違うのは、普段から有田焼に関するお店が並んでいる街道沿いに市が開かれているので、道路すべて歩行者が通れるので、テントが並んで道幅が狭くなっている「九谷茶碗まつり」よりはゆったりと回れるかな?
この2.5kmほどの会場を1往復半ほどして買ったのは、若手の作家物3個。
川口 武亮氏の「粉引 しのぎ そば猪口」と、照井 壮氏の「フリーカップ(縞):(しま)」。両方とも、一応、妻がチョイスしたが、私も気に入った品である。
川口 武亮氏のは、シンプルでスタイリッシュな印象のそば猪口で、いろいろな使い回しが出来そうで重宝しそうな感じ。
一方、照井 壮氏の「フリーカップ」は、外はしまうま模様、中は青白磁で、面白いつくり。こちらも、そば猪口でもコーヒーカップでも使える。こちらは2個を買い求めた。
昼食はガイドブックにも掲載されていた「本陣」というお店に入る。ガイドブックには色々なメニューが載っていたが、この日はGWということもあり特別メニューになっていた。
基本はうどんと、有田名物の「ごどうふ」と長崎の「大村寿司」という酢飯の間に具材を挟み錦糸卵を乗せた、押し寿司がセットになったものだけがメニューになっていた。(上の写真が「ごどうふ」、下の写真が「大村寿司」)
「ごどうふ」は豆乳を練って作った豆腐で、ごま醤油をかけてかけて食べるのだが、ごま醤油をかけるからか、味的にはごま豆腐を食べているような感じであった。
夕方、九州陶磁文化館でやっていた「九州山口陶磁展」を見学(無料)していたとき雨が降ってきたので2階の喫茶でお茶を飲む。
当然、器類は有田焼のものを使っていたのだが、トイレも有田焼でした。(^^;;
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前から情報はわかっていたのだが、リリースされるまで書くことが出来なかった。
私の友人の写真家でメディアプロデューサーのAMIY MORIさんが、映画のメガホンを初めて取った「恋極星」の詳細が明らかになったので書きたいと思う。
AMIY MORIさんのことは、こちらに詳しく書いているので読んで欲しいが、いつも石川や東京でもご一緒させていただいている。
ロバート・デ・ニーロ、マイケル・ダグラス、トム・クルーズなど、そうそうたるハリウッドスターの写真などを撮影したり、クリスマス写真家としても有名で、とてもバイタリティあふれる女性だ。
彼女は、前から映画監督として、写真家としての「絵」にこだわった映像を撮りたいということで、これまで準備を進めてきたのだが、今回、自分のシナリオではないが、初めての映画監督を務めることになった。
光栄なことに、彼女のWebサイトは、私がディレクションをやらせていただいた。
さて映画の題名は「恋極星」。主演はデスノートなど話題作に出演してきた女優の戸田恵梨香さん。共演は「仮面ライダーカブト」の加藤和樹さん。原作は、「別冊フレンド」で発表した短編「君に光を」の漫画家ミツヤオミさん。
真冬に北海道でロケを行い、5月の残りの3分の一を取り終えるとのこと。
さてさて、AMIY MORIさんの今後の活躍と、映画「恋極星」の完成に乞う期待!詳細は昨日の日刊スポーツに掲載されているので、そちらをご覧ください。
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直島は島中がアートで一杯である。至るところにアートが設置されている。
今日は、そんな直島のアートについて紹介したいと思う。なお、美術館や屋内展示のものは写真は不可なので、あらかじめお断りしておく。
まずは、直島に着いて、我々を出迎えてくれるのは、草間彌生さんの「赤かぼちゃ」である。フェリーから見ると、結構目立つ。際限なく増殖する水玉が彼女のモチーフになっている。
また、彼女の作品はベネッセハウスの浜辺にも「南瓜」があり、こちらは、福岡市美術館の屋外にも同じものが展示されている。
上がそうであるが、まったく同じものである。
こちらは、ベネッセハウスのパーク棟からビーチ棟にかけての屋外にニキ・ド・サンファールの作品群。
ジョージ・リッキー「三枚の正方形」
大竹伸朗「シップヤード・ワークス 船尾と穴」。
ウォルター・デ・マリア「見えて/見えず 知って/知れず」。同じ作者の作品は地中美術館のもある。
こちらは、前に六本木美術館で見た、杉本博司の「タイム・エクスポーズド」。展示の仕方も素晴らしい。
「家プロジェクト」も本当はじっくり見たかった。特に杉本博司の「護王神社」や、妹島和世+西沢立衛/SANAAの「空」など見たかったのだが、時間の関係で今回はパス。次回のお楽しみということで。
あと、ベネッセハウス、ミュージアム、地中美術館など安藤忠雄の設計した建築物も、素晴らしいアート作品であった。
それ以外にもたくさんのアートが島内至るところに飾られているが、紹介はこの辺でおしまい。
でも、一番素晴らしかったのは、ごらんの瀬戸内海に沈む夕日である。やっぱり自然にはかなわないかな?
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今日は午前中はシティマラソン福岡の応援にヤフードームへ。午後は織作峰子さんの写真展とトークショーを見に大丸へ。
午前のシティマラソン福岡は、妻がハーフマラソンを走るので、その応援であった。彼女は何とか無事完走。このマラソンは途中に5ヶ所も関門があり、タイムオーバーだと、無常にもそこで走るのを止められるのであるが、妻は最後の関門を何と10秒前に通過という際どいレースであった。
ハーフマラソンは5千人以上が参加するので、ゴール地点のヤフードーム内も混雑していた。また途中も大勢のランナーが駆け抜けるので、妻の姿を探すのにも一苦労でした(^^;;
さて、午後はといえば、私の故郷、石川県小松市出身の写真家、織作峰子さんの写真展を見学。そしてトークショーを最前列で拝見した。
織作さんとは、仕事や飲み会などでご一緒したこともあったり、偶然飛行機で隣の席だったこともあり、お話を何度かさせていただいたことがある。
彼女は、ミスユニバースの元日本代表で、その後、写真家の大竹省二氏に師事し、写真家の道を歩みだすことになったわけだが、今回のトークショーでも、幼少の頃から現在に至るまでの彼女の足跡を、彼女の写した写真を通して語っていたのだが、故郷、石川や小松のことがたくさん出てきて、楽しく聞くことが出来た。
織作峰子さんの写真展は、福岡天神の大丸8階特設会場で、明日(24日)まで開催されている。本人のトークショー&サイン会は明日も開催されているので、時間のある方は是非どうぞ!
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小松市在住の映像作家、長谷川章さんのことは、私のブログでも何度か紹介してきた。
20日に、その長谷川さんから突然電話がかかってきて、いまキャナルシティに居るとのこと。聞くとデジタル掛け軸のライブを今日からキャナルシティで始めるということで、さっそく出かけてきた。
「SUMMER NIGHT CANAL」というキャンペーンのイベントの一環で、7月20日から8月5日までデジタル掛け軸が行われている。
グランドハイアット福岡の壁面をスクリーンに、ご覧のような徐々に形を変えるデジタルアートを大型プロジェクターで投影するのだが、デジタル掛け軸についての詳しい説明はこちらを見てほしい。
東京国際フォーラム、ギリシャのアクロポリス、六本木ヒルズ、金沢21世紀美術館などでデジタル掛け軸は行われている。いま、札幌や神戸でも同時期に開催されている。
皆さんも、是非、キャナルシティに行ってデジタル掛け軸を一度見てほしい。
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私も良く存じ上げている建築家の由田徹さんを今日は紹介したいと思う。
由田さん(写真左、右は同じく建築家の戸井建一郎さん)とは神泉のあらばしりの会で知り会った。大学を卒業後、建築家の北川原温氏師事。帰省後しばらくして、ザ・スタジオ一級建築士事務所を、これまた私も良く存じ上げている岩井庸之介さんと設立し活動していたが、昨年に自分の事務所「U+ (ユウプラス)」を立ち上げ独立をした。
「U+ (ユウプラス)」のホームページを見ると、「U+ (ユウプラス)の"U"とは"YOU"と日本語の"ゆう"のもつ意味と響き、そしていくつかの"U"で始まる外国の言葉の象徴です。」と書いてある。
また、前に紹介した、石川県の若手建築家集団の「アーキレーベル」のメンバーとしても活躍している。
こちらの写真は、彼が「株式会社ザ・スタジオ 一級建築士事務所」時代に設計した、片山津温泉にある「愛染寺」。
「愛染寺護摩堂寺務所 寺院お堂・寺務所・庫裏」は、石川県バリアフリー社会推進県民大会で施設部門の最優秀賞(石川建築賞で優秀賞)に輝いた建築で、彼の代表作でもある。
「愛染寺」は真言宗のお寺で、温泉守護の薬師如来を本尊とする。護摩堂には愛染明王が安置され、縁結びの護摩がたかれるそうだが、行った日は残念ながらどなたもおられなかったようで中を見学することは出来なかった。(場所がわかりにくいですよ)
こちらのお店は能美市にある「二兎」。昨年末にオープンした和ダイニングのお店。機会があればお店の料理も紹介したいと思う。
また、2004年には能美市市章デザインの公募にて最優秀賞を受賞し、現能美市市章に採用されている。
将来が楽しみな由田徹さんに、これから注目して欲しい。
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ブラジルに行ったお坊さんのしゅうさんが、小松の本光寺にいたときに紹介してもらったカズさん。
いつも、粋な服装と会話で我々を楽しませてくれている。本光寺の朝一「円満朝市」や寺井の九谷茶碗祭りなどでも、得意の書で見ている人を驚かせてくれる。
そんな姿を見ていると、カズさんは書道家のような気もしてくるが、実はインテリアデザイナーなのである。
前に紹介したことがある、「Casa Fortuna(カーサ フォルトゥーナ)」などもそうである。小松市駅前通りのレンガ通り「cafe蔵「心」(こころ)」もそうである。
どちらのお店も、看板から、中に入っても至るところにカズさんの書が飾られているのである。
さて、カズさんの書は、いつも即興である。その人を見たイメージをカズさんが感じたままを書にあらわしているそうだが、いつも手際よく書かれる書に驚かさせる。
こちらは、某結婚式の二次会でカズさんがその場で書き始めた書の絵巻のひとコマである。独特の筆遣いがそのままエンターテイメントなのである。
毎月第一日曜日に本光寺で開かれる朝市。そして5月のGWに開催される茶碗祭りに、カズさんの姿があるはずである。是非、一度、カズさんの書を書くところを見て欲しい。きっと驚くであろう?
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小松が生んだ九谷焼の陶工、「初代徳田八十吉」の没後50年を記念する特別展が開催されていたので行ってきた。
徳田八十吉は、現在は三代目で、初代の孫がその名を受け継いでいる。
初代徳田八十吉は、前にも九谷焼美術館での「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」のところでも紹介したことがあるが、「吉田屋窯」の九谷焼の特徴は緑、黄、紫、紺青の四彩を用いた古九谷風の作品のことで、特に黄と緑の色彩が鮮やかな焼物である。
初代徳田八十吉は、いまから180年前に山代で再興された「吉田屋窯」で焼かれた九谷焼を再現することに情熱を燃やし、卓越した描写力と九谷五彩を色鮮やかに再現した作品は、古九谷・吉田屋の本物と間違われるまでになったようである。
そのため、それまで、裏面に陶工の銘ではなく、四角に福の字を入れていた九谷焼に、初めて「八十吉」という銘を入れ、それまでの古典の模写から、独自の作風を確立していき、1953年には国の無形文化財(現在の人間国宝)に選定されたのである。
「初代徳田八十吉 古九谷・吉田屋の再現にかけた生涯」では、「第1会場 石川県・小松市立博物館」に、彼の代表作品156点と、制作の参考にした古九谷・吉田屋・粟生屋源右衛門の作品などがが展示されている。
「第2会場 本陣記念美術館」には、絵画作品と画家との交流を紹介しており、彼に絵付の手ほどきを受けた画家中村研一や硲伊之助らの作品などを紹介、さらには、「第3会場 錦窯展示館」では、彼の生家である、工房兼家屋、絵付用の窯などを見ることが出来るなど、初代徳田八十吉を知る上では、またとない機会となっている。
小松市が生んだ、偉大な陶芸家、初代徳田八十吉に興味のある方は是非どうぞ!
「初代徳田八十吉 古九谷・吉田屋の再現にかけた生涯」
会期:9月30日(土)~11月26日(日)、午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)
第1会場 石川県・小松市立博物館 [代表作と古九谷・吉田屋を展示]
第2会場 本陣記念美術館 [絵画作品と画家との交流を紹介]
第3会場 錦窯展示館 [工房兼家屋、絵付用の窯など展示]
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角島泉さんとは、東酒造の神泉の「あらばしり」の会でお知り合いになった。
その角島さんから「~野の光を集めて~角島泉 花あしらい展」のご案内を頂いたので、日曜日に出かけてきた。
角島さんの花屋さんは、ご覧のような外側正面に銅板のタイルが貼られた昭和初期(1928年築)の洋風建築の意匠である。昨年には国の有形文化財にも登録されている。
内部も、昭和初期の様子をそのままとどめているので、当時の生活を知る上でも貴重な建築物である。彼女は、本当は解体される運命にあったこの家を買い取って再生しようと考えたわけである。
ちょうど、角島さんが、この建物を買い取って花屋を始めたのが10年前。今回の「花あしらい展」は、それを記念して開かれたもの。
ちょうど、秋ということで、お店の名前である「コスモス(秋桜)」を、うまく配置した展示になっていた。
角島さんとも、少しお話をお聞きする時間があり、最初に「こすもす」というお店の名前の由来などもお聞きすることが出来た。
今回、展示しているコスモスも、元はといえば、一つのコスモスの種から広がっていったそうで、コスモスの生命力強さを感じさせてくれる。
あと、ちょっとわかりにくいかもしれないが、こちらの写真に写っているガラス製の器。この器は、角島さん自身が、普段はまったく通らないところにある骨董屋で見つけたそうで、ちょうど、ガラスの花器を探していた彼女は、たまたまそれを買ったそうであるが、買ってから、お店の主人に送り先を伝えたときに、「これは、10年前に、前の薬局店が引き取ってもらいたいと持ち込んだものです」と聞かされてびっくりしたそうである。
ちょうど、花屋を始めて10年。その10年の月日を経て、元あった家に戻るガラスの器。なんという奇遇な縁だろうか!?
これも、角島さんの家とコスモスの再生にかける「想い」が呼び込んだ奇跡かもしれない?
こすもす
金沢市安江町5-14
TEL 076-222-8720
12:00~19:00、日・祝~18:00、予約・配達は9:00~
木曜休
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私のブログでも、何度か紹介したことがある小松市在住の映像作家の長谷川章さん。彼の近況を紹介したい。
私も最近は、彼のスタジオを訪れることも少なくなっていた。先日、久しぶりの元気そうな姿を拝見すると同時に、最近の動きなどを、短い時間であったがお聞きすることが出来た。
まずは、「ZeroOne San Jose」での「デジタル掛軸」の招待展示についてである。
「ZeroOne San Jose」は、最先端のコンピュータ・テクノロジーを駆使したアートを世界中から集めて、今回サンノゼで初めて開催されたデジタル・アートの祭典。
一週間開催されたようであるが、期間中は世界中や全米各地からも、多くの人で賑わったようである。
「デジタル掛軸」は、静止画と静止画の間をコンピュータプログラムによって補完し、ゆったり変化する情景を作りだす映像作品であるが、今回の「ZeroOne San Jose」では、サンノゼ市役所前の大きな円形ホールに、15台のプロジェクターから投影された映像を投影し、ホールと広い前庭を幻想的な空間に変えたそうである。
もちろん、評判も上々で、最高責任者である「ZeroOne San Jose」Steve Dietz氏からも、「デジタル掛軸」に対して最高の芸術評価をもらったようである。
さて、話は変わって、その長谷川章さん、来年度の高校の教科書「新・情報C」のコラムに掲載されることになったので、あわせて紹介しよう!
ちょうど、私が伺ったときに、真新しい教科書が出来上がっていたので、一冊頂戴してきた。
ご覧のように、一ページに渡って大きく紹介されている。しかし、なかなか教科書で取り上げられることは出来ないと思うが、取り上げられた気持ちはどのようなものだろうか?
まずは、多方面で活躍の長谷川章さんの今後が、さらに楽しみになってきたことだけは確かなようだ!?
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皆さんは現代アートに対して、どのような印象をお持ちだろうか?
私も、現代アートの美術館にもよく出かけることがあるが、いつも行って思うのは、「本当にこれがアートなの?」ということである。
もちろん、見る人が見れば素晴らしいということなのだろうが、私のような凡人にはてんで理解不能なアートも多々ある。(^^;;
いま、金沢21世紀美術館でやっている「ゲント現代美術館コレクション展」は、テーマが「人間は自由なのだから」。本当に自由気ままにアートしている感がある。
アントゥール・バリオの「終わりのない」というアートは、大きな部屋中にコーヒーが敷き詰められていて、パンとかワイン、ソファーなどが置かれている。
入ると当然、コーヒーの匂いが充満していて、部屋を出てからもコーヒーの匂いがずっと引きずる感じ。協賛にダートコーヒーが入っていた意味がわかった。(笑い)
マルセル・ブロータースの「ムール貝の大鍋」は、私の食欲を大いにそそり、その日の夕食にはムール貝を食べることに。(大笑)
こちらの展示は8月末まで。なお、「金沢21世紀美術館 コレクション展 I」も8月20日までやっている。
さて、この金沢21世紀美術館に行った日、近くの石川国際交流サロンでやっていた、長谷川章さんのdk(デジタル掛軸)ライブも見学に行ってきた。
こちらは、前にも2度ほど、私のブログでも紹介してきたので、こちらを見ていただきたい。
石川国際交流サロンは、大正末期に建築された民家を利用した施設で、土蔵を利用したdkの写真がこちらである。
なお、長谷川章さんのdkライブはすでに終了しているのであしからず。
いつの日にか、長谷川章さんのdkが展示される日も来るのかな?
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いまの私があるのも、加藤さんのお陰かもしれない?そんなにも影響を受けた方の一人である。
(上の写真は2002年度ミス日本の佐野公美さんと)
現在は、名古屋学芸大学 メディア造形学部 映像メディア学科の教授をされているのだが、私が知り合ったのはNHK情報ネットワークという、NHKの子会社で「情報化メディア懇談会」という会を主宰していたときである。
加藤さんはNHKでは最初、ニュース畑を歩み、72年の「あさま山荘事件」で、10日間のニュース映像と強行救出10時間生中継映像とで構成したドキュメンタリーが、カンヌ国際ルポルタージュコンクール審査員特別賞を受賞(編集担当)。その後、「ニュースワイド」「ゆく年くる年」などを総合演出の担当や、衛星放送の立ち上げに衛星第一副編集長、衛星放送局編成チーフプロデューサーとして携わり、94年に、NHK情報ネットワーク企画事業部担当部長となった。
加藤さんは多才である。肩書きだけでも、NHK文化センターで「映像塾」を主宰、ミス日本コンテスト・スーパーバイザー及び本部審査員、JAAミュージカルアカデミー・スーパーバイザー、実践美学フォーラム幹事、全国伝統的工芸品コンクール審査委員。モンゴル国カラコルム大学名誉博士(客員教授)。著書には「ビデオの撮り方・楽しみ方」(日東書院)、「Beginカメラの基本」(世界文化社)、「創造する経営」(共著・日科技連)などがある。
また、加藤さんは人脈がとても広い方である。ミス日本コンテストでは、何人かのミス日本とも知り合えたし、いまもNPOでご一緒している、山口百恵などを育てた酒井政利氏など、多くの著名人の方とも知り合うことが出来た。
もちろん、私が「お師匠さん」と呼ぶには、そんな上辺のことだけでそう呼ぶのではない。「情報化メディア懇談会」の会合を通じて、色々な場面で本当に勉強になる話や出会いを作ってくれた方なのである。
小松にも何度も来ていただき、私もメンバーだった「小松の夜を楽しむ会」や「神泉あらばしり・呑み切りの会」などでも、コーディネイトをしていただいたり、小松ファッションコンテストでも審査員などを務めていたこともあり、小松との縁も深いのである。
そんな加藤さん、立ち振る舞いやしゃべり方も優雅。しかしながらTV業界に長くお勤めだったからか、時間にはとても厳しい!(笑い)
いつまでもお元気で、たまには小松に遊びに来てください!
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中村麻美さんも、前に紹介した稲葉みちよさんと同じく、日本文化経済リサーチセンターというNPO法人で、同じ理事としてご一緒させていただいている。
彼女自身は、まず、この「第十九代ミス日本グランプリ」という紹介をされるのが好きではないらしいが、どうしても、このことには触れざるを得ない。(笑い)
しかし、ミス日本グランプリを受賞して、その後、画家の道に転身されたのは、中村麻美さんだけだろう?
元ミスグランプリという肩書きが最初に紹介されるということに対しての反応は、その辺の彼女の自信の表れかもしれない?
ところで、I-Mediaの加藤和郎さんの紹介では、「ミス日本史上最後の日本人体型のグランプリです」ということらしいが……?(笑い)
おっと、笑うのは彼女に失礼かな?(^^;;
中村麻美さんは三重県生まれ。津田塾大学を卒業後、NHK-BSの「ラウンドアップ日本」のキャスターを努めながら、深層心理学に基づく「ものがたり」を独自に研究し、そして、メーテルリンク原作の「チルチルの青春」で、翻案と挿画の両方を手掛けたのをきっかけに画業の道へ歩みだしたという経歴の持ち主である。
現在は、作家宿として著名な神楽坂の「和可奈」をアトリエにして、日本画「麻美乃絵」の制作活動を行いながら、月間各誌に挿画を描くとともに、コミュニケーションアート専門学校というところで、「昔話に学ぶストーリづくりのヒント」なんていう講義などを行っているなど、多方面に活躍されている才女である。
さて、今回は彼女から特別に挿絵を送っていただいた。新聞小説の挿し絵3点で、上杉家の智将・直江兼続を主人公とした歴史小説「天地人」(作・火坂雅志氏 全460回)のうちの二枚である。
上の女性の絵は「兼続の恋人・千利休の娘 お涼」、それに、下は「明国の勅使に怒る秀吉」だそうだ。残念ながら「天地人」を読んだことはないが、登場人物たちの表情が、とてもいきいきと描かれているような気がする。
まさに、「天は二物を与えた」中村麻美さんの活躍に、これからも注目してほしい。
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MICHIYO INABAさんは横浜在住のファッションデザイナーである。
彼女とは、「日本経済文化リサーチセンター」というNPO法人で、同じ理事という立場で、ご一緒させていただいている。
このごろは、あまり会う機会も少なくなってきたが、彼女の元気さには、毎度感心させられる。
彼女には失礼だが、あの小さな体のどこに、あんなバイタリティがあるのか不思議でならないほどだ。
MICHIYO INABAさんは、東京コレクションにも毎年参加しているし、小松市の「KOMATSUファッションデザインコンテスト」の審査員もされたことがある。(ただ、一昨年は東京田中短大の客員教授として、生徒達のデザイン制作指導を行い、中国でのファッションショー”一衣帯水”の監修。昨年は(株)ジーディーエフの、立ち上げ準備のため、東京コレクションは、ちょっとお休みしていたようだが?)
また、昨年開催された「愛・地球博」でのKUNI-KEN EXPO-LIVE2005の衣裳制作・デザインを担当したり、2005年10月には、「産・学・官・文」の融合を目指すG.D.Fプロジェクトを、(株)ジーディーエフとして立ち上げ、代表取締役に就任するなど、本当に幅広い活躍をされているのだ。
昨年は、新会社の立ち上げや、新企画の立ち上げ等で相当忙しかったようであるが、今年は、その新ブランドの発表も含めて、また、新しいMICHIYO INABAを我々に示してくれるそうだ!?期待したいと思う。
最後に、彼女のファッションショーの様子をアップしたい。「Perigee」のコレクションのもの。ただ、正面からの写真は肖像権の関係でアップ出来ない。
それと、こちらは、彼女のショールームショップ・ブティックAURAの店内。一度、皆さんもどうぞ!
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私は、なぜか女性のアーティスト&デザイナーに友人・知人が多い。
仕事上は、あまり関係がないのだが、色々な方とのつながりの中で知り合い、お付き合いさせていただいている。
これから、そんな女性のアーチスト&デザイナーを紹介していきたい。
まず、第一回目は墨アートの岡林里依さんである。
彼女と知り合ったのは、確か、I-MediaというNHK情報ネットワークが主催していた会だったように思う。
彼女の墨には「色」がある。私にはそう感じられるほど、黒い墨の中に艶やかな色合いや表情があるのである。墨のみで透明感のある力強い作品を描き出すアーティストは彼女が一番だろう?
特に、踊るような曲線を多用する彼女の絵は、じっと見つめていると、スッと引き込まれるような感覚に陥るのである。
この頃は、生活の中のいろいろなプロダクトにもデザインしており、鳴海製陶器から、岡林里依デザインテーブルウェアシリーズ"絆"が商品化され、なかなか良い評判のようだ。
岡林里依さんは高知出身。それゆえか、豪快で明るく、それでいて細やかな気配りを回りにしてくれる女性である。が、お酒はそんなに強くないようである!?(笑い)
しかしながら、私たちと飲むときは、しっかりと合せてくれるのがうれしい。
小松にも何度か来てくれたことがあるが、いつも、その元気さに圧倒されている。でも、会うと、不思議に勇気付けられるのは何故だろう?
岡林里依というアーティストは、そんな不思議な魅力を持つ女性である。
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私のブログでは、最初のころに、私の友人・知人の方々を紹介してきたことがある。
しかし、そのときは、石川県出身・在住・縁のある人しか書かなかった。その後、私のブログも石川限定から全国区に格上げ(?)したので、また、少し、私の友人・知人で、こんな人が居るよ!ということで紹介したいと思う。
まずは、メディアプロデューサーのAMIY MORIさんである。
彼女とは、神泉の「呑み切りの会」で知り合ったのだが、その後、いろんな所でお会いすることが多くなり、多方面にわたって親しくしてもらっている女性だ。
いつも、出張のついでに気軽に電話して、飲みに付き合ってもらったりするのだが、話の内容も食べっぷりも素晴らしい(笑い)、とても魅力的な女性である。
彼女は、数多くのハリウッドスターを撮影するなど、著名なフォトグラファーとしても有名だ。若い女性の間ではクリスマス写真家としてもファンが急増している。また、メジャー誌(特集企画ページ等)をプロデュースする等、メディアプロデューサーとしての顔をも持ちあわせる、Super Womenなのである。
ちなみに、過去に撮影した主なハリウッドスターは、ロバート・デ・ニーロ/マイケル・ダグラス/トム・クルーズ/ロビン・ウイリアムス/イーサン・ホーク/マット・ディロン/ヒュー・グラント/ダスティ・ホフマン/クエンティン・タランティーノ/トニー・レオン/アンディー・ガルシア/サンドラ・ブロック
/ブリジット・フォンダ/ブルック・シールズなどであるが、そうそうたる顔ぶれである。
そんな彼女が、最近、映画制作に向けてチャレンジを始めている。
映画のタイトルは「DONOR」、臓器移植をキーにした悲しいラブストーリー。シナリオは私も読ませてもらったが、臓器移植という、ちょっと重いと思われる内容を、シリアスな演出ながらホッとさせてくれる仕掛けを色々盛り込み、物語が写真家ならではの美しい日本のシーンの中で展開される、すでに主演女優や脇も日本を代表する驚きのキャスティングが決定しているので、映画になれば最高の出来になること間違いないだろう。 現在、秋のクランクインに向けて準備を進めている。
一応、私も出演するかもしれないので、今から役作りに励んでいます。(笑い)
役はタクシーの運転手らしいですが……?
写真から、雑誌などのメディアの領域に、そして新たに映画の世界に飛び込む勇気に拍手を送りたいと思う。
そうそう!彼女の作品の一部を最後に紹介しておこう。また、彼女のホームページにも、先ほど紹介したハリウッドスターの写真なども載せられているので見てほしい。
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だいぶ前に紹介したことがある、浅野太鼓。ここに併設されている太鼓の里資料館が、3月3日にリニューアルオープンしたので紹介したい。
浅野太鼓は、大太鼓の生産では全国一を誇っている。創業が1609年。あと3年で400周年を迎えるという老舗中の老舗。私も、浅野太鼓の専務で財団法人浅野太鼓文化研究所の理事長の浅野昭利氏とも懇意にさせていただいており、その関係で「太鼓の里資料館」も何度かお邪魔したことがある。
もともとの和太鼓のルーツは「農耕民族の雨乞い」だそうだ。天に向かって五穀豊穣を祈る時に打ちならしたのが太鼓だった。もちろん、日本にも狩猟を主にしているところがあったので、そこでは獲物の蘇生を願って「来年また我々のところに戻ってきて下さい」という祈りが込めら、太鼓を打ち鳴らしていたようである。
もちろん、人間は地球のいたるところに散らばっているわけだが、日本と同じような、世界各地で打楽器なるものがいろんな形で進化・発展しているのである。
「太鼓の里資料館」は、そんな世界の打楽器を紹介する珍しい資料館として、浅野太鼓が財団法人浅野太鼓文化研究所を自費で設立し作ったもので、太鼓文化の発信基地となることを願って建設した全国でも珍しい施設である。
ここにはは、和太鼓はもちろん、アフリカや東南アジア、アメリカなど、世界各地の珍しい打楽器100点あまりを展示紹介しており、特にインドネシアのガムランは、全国的にみても数少ない展示資料なのだ。
今回、本来であれば、館内の展示物だけの写真撮影はダメらしいのだが、浅野理事長にお願いして許可をいただいた。少しだけだがアップしたい。
館内は、アフリカ、アジア、中東、アメリカ、ガムラン、日本、雅楽と、大きく7つのエリアに分けられ、それぞれに該当する地域または芸能に使われる打楽器が展示されている。もちろん、各打楽器の説明文も書かれており、体系立てて理解することができる。また、物によっては実際にたたいたり鳴らすこともできる。そのほか、資料館では、太鼓演奏のビデオ上映や、全国の和太鼓コンサート情報の提供なども行なっており、より幅広い太鼓文化を知ってもらう工夫をしている。
資料館そのものは、そんなに大きな施設ではないので、小一時間もあれば一通り楽しむことができると思うので、皆さんも是非一度行ってみてはいかがだろうか?
そうそう!最後に一言。この資料館ではご覧のような「鼓どら」というどら焼きを買い求めることができる。聞くと人気の商品だそうだ。打楽器の「銅鑼」とかけてあるのだろう?
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前にも紹介したことがある「石川県九谷焼美術館」で、この1月末よりやっていた「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」を見に行ってきた。なかなか行けなかったのだが、ちょうどそちらの方に用事があったのでそのついでに行ってきた。
この「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」は、昨年末から1月中旬まで、東京銀座松屋にて開かれていたものと同じ展示内容であるが、東京では大勢の来場者で賑わったようである。
「吉田屋」とは、九谷焼中興の祖「吉田屋伝右衛門」のことで、彼が古九谷再興を目指して作った窯が「吉田屋窯」と呼ばれるものである。
その再興の120年前に、山中の九谷村で九谷焼を焼いた大聖寺藩窯の九谷古窯が廃窯となってから、「吉田屋窯」が再興されるまで、多くの歳月が必要だったわけだ。
「吉田屋窯」の製品は、緑、黄、紫、紺青、赤の、いわゆる九谷五彩と呼ばれる色のうち、緑、黄、紫、紺青の四彩を用いた古九谷風の作品のことを指す。特に、黄と緑の色彩が鮮やかに使われているのが印象的な焼物である。
また、古九谷は独特な力強い様式美が特徴で、吉田屋窯の作品も、その特徴を有しているものが多い。しかしながら、古九谷のデザインをそのまま模倣したものはほとんど無く、吉田屋独自のデザイン性で、色絵磁器でも最高の部類に入る逸品ではないだろうか!?
この展示会では吉田屋や古九谷などの名品200点を見ることが出来る。
展示会は、3月26日まで、九谷焼美術館で開かれ、その後は京都、茨城、名古屋の方を巡回するようである。詳しいスケジュールと、「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」についての詳細は、こちらのホームページを見て欲しい。
あと、山代温泉に再興された九谷焼の窯跡でも同時に展示をしている。こちらと九谷焼美術館両方を観られるチケットで610円なので、時間がある人は両方見学したほうがいいだろう?
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前回に引き続き、今回は金沢のファッション産業の動きである。
一昨年、金沢市は「金沢ファッション産業都市宣言」という宣言を出した。以下のようなものである。
私たちのまち金沢は、かおり高い伝統文化を培い、独創性に富む職人の技を受け継ぎ、蓄積された学術とのつながりをもって、独自の産業・文化を発展させてきました。
この土壌を活かし、繊維はもとより、生活文化すべてにかかわるファッションの分野において、質の高いものづくりを推進し、新たな産業を育て、都市の活力をさらに高めようとするものであります。
このため、私たちすべての市民は、
1 異文化、異業種との交流、融合によるファッション産業の振興
1 産業と学術の連携によるファッション研究の推進
1 豊かな感性あふれるファッション創造のための人材育成
を基本に、世界をリードするファッション産業都市づくりを進めていくことを宣言致します。
といったものである。
その後、金沢ファッション産業創造機構を立ち上げ、具体的な活動に入っている。
実は、私は、金沢ファッション産業創造機構の方々、及び、金沢市のファッション産業産業室にも知り合いが多い。そういった意味でも注目をしている。
今年、金沢市は相当この辺に力を入れる様子で、10月に開催予定の「金沢ファッションウィーク」を開催する予定である。
また、機会があれば、その辺の内容も紹介したいと思う。
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石川県は昔から、繊維産業が盛んな土地であった。しかしながら、人件費の高騰などで製造工程の海外移転が進み、ご他聞にもれず多くの繊維会社が無くなっていった。
しかしながら、そのような状況でもずっと技術を磨き頑張ってきた会社は、今でも活躍しているし、反攻の機会をうかがっている。
その中で、私の住む小松市と金沢市における、繊維産業のまちからファッション産業創出への動きを少し紹介したいと思う。
今日は、まずは、小松市の「こまつファッションタウン構想」を取り上げたいと思う。
「こまつファッションタウン構想」は平成12年にスタートした、産業、観光、文化、歴史など小松のオリジナルな財産を生かし、「ものづくり」「まちづくり」「くらしづくり」という視点からもういちど見つめ直した「まちづくり」行おうというものである。
その大きな柱は「寺小屋フォーラム」と「ファッションコンテスト」である。
「寺小屋フォーラム」のことは、また機会があれば取り上げたいと思うが、いつもは2月開催の予定が、今回は昨年12月に行われてしまった。(^^;;
で、今回は2月4日に開催される「ファッションコンテスト」の方を紹介しよう。
小松は織物、撚糸、ニットなどのテキスタイル産業が盛んなところである。
「ファッションコンテスト」は、その小松のテキスタイルにスポットをあて、「テキスタイルの町小松」 を強く国内外にアピールし、しいては、若くて有能なデザイナーの育成と、新しい新製品の開発につなげていこうといった狙いがあり始められたものである。
写真は昨年度のファッションコンテストのグランプリ(左)と準グランプリ(右)の作品である。(ちょっと、ガラスの反射で見にくくて申し訳ないが)
実は、3年ほど前までは、私もよく存じ上げている日本海企画の稲場さんが協力していたり、NHKの加藤和郎さん(現在は名古屋学芸大学教授)が審査員をしていたり、毎年1月に選出されるミス日本が、最初の仕事としてプレゼンテーターを務めていたりしていた。その関係で、時々、参加させてただいたり、終了後、加藤さんやその年のミス日本との打ち上げに参加させてもらったりと、なかなか役得なところもあったのだが、その後、経済産業省の補助事業となってから、前出のメンバーもがらりと変わってからは一度も参加したことがない。
もちろん、いまでも、コンセプトなど大いに賛同するし、陰ながら応援しているのだが。
左の写真は、4年前にのコンテストのときに、プレゼンテーターとして来ていた審査委員の加藤さんと当時のミス日本の佐野公美さんが、小松の生地を肩にかけて見ている様子である。佐野公美さんはタレント活動を続けていたが、先日、歌手の河村隆一さんと結婚したので、旬な話題ということで掲載した。(^^;;
ちなみに、今年の「ファッションコンテスト」の内容はこちらを。
http://www.komatsu-ft.gr.jp/f_contest/2006_bosyu.html
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私も、このブログのことで、金沢の観光・文化・芸術に関して色々調べているが、本当に金沢という土地は恵まれていると思う。
企業経営の中では、資産はあるに越したことがないと思うが、しかし、その資産をどのように有効に使うかで、その企業の優秀さが問われるのではないだろうか?
そういった意味では、金沢は歴史や伝統も含めて、資産的にはとても恵まれている。
問題は、その資産を有効に使っているかどうかだが、個人的には、観光資産の有効活用はまだまだだとは思うが、文化や芸術面では、そこそこ資産を有効に使っているのではないかと思う。
そして、大事なのは、過去の文化・伝統にあぐらをかくのではなく、有効活用しながら新しい価値を生み出していくことが重要だと思っている。
さて、前置きが長くなってしまったが、かつ、前段の直接関係がないかもしれないが、今日の話題は「オーケストラ・アンサンブル金沢」についてである。
写真は、石川県立音楽堂である。金沢駅前にありとても便利で邦楽のホールまで完備している音楽堂なのだが、ある意味、この施設も「オーケストラ・アンサンブル金沢」のために作られた音楽堂と言えるかもしれない?
オーケストラ・アンサンブル金沢は、1988年、音楽監督に岩城宏之氏を迎え、日本最初のプロの室内オーケストラとして石川県と金沢市が設立した。
設立当時、私は率直なことを書けば、「なぜ、金沢にオーケストラ?」と思ったものである。しかし、これまでの経緯を見る限り、金沢という土地に新しい価値をもたらしているのではないかと思う。また、実際は、地元に住む人よりも、県外や海外の人の評価の方が高いのかも知れない?
オーケストラ・アンサンブル金沢は、設立当時から、世界中よりメンバーを公募し、多くの外国人を含む40名ほどのメンバーで構成されている。また、日本では最初に専属作曲家によるコンポーザー・イン・レジデンス(現代曲委嘱初演制度)を実施。内外の有名作曲家による新曲を演奏しているなど、日本でも有数のオーケストラに育っていったのではないだろうか?。
国内では金沢での公演のほか、東京、大阪、名古屋で定期公演を行っているほか、全国各地での公演もある。
私も実際に演奏を聞いたのは、2回ほどしかないが、クラッシックの定番から、ジャズやポップス、日本古来の音楽などともコラボレーションしたり、従来のオーケストラの枠にとらわれることなく活動を続けていると思う。
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先日紹介した、eAT KANAZAWAもデジタルコンテンツに関しての産業基盤を作ろうといった試みで、金沢市が主体となって進めているものである。
内容的にも、デジタルコンテンツと言っても、アニメや音楽など幅広い領域(アート)をカバーしている。内容的には、フォーラムとセミナー、表彰(アワード)が中心のイベント形式のものである。
今日紹介する「石川新情報書府」の方は、石川県が取り組んでいる事業で、どちらかと言えば、伝統工芸を中心に映像などをアーカイブ(古文書,公文書館の意味)する試みである。
石川県はご存知、加賀百万石!江戸時代より加賀百万石文化が栄え、加賀藩の歴代藩主が美術工芸を推奨してきた。
特に、五代藩主・綱紀の時代に諸国の名工を招き、工芸品の製作を行なう工芸製作工房「御細工所(おさいくしょ)」を設けたり、全国各地から様々な工芸品を集め「百工比照(ひゃっこうひしょう)」と呼ばれるコレクションも整備していたようである。こうした取り組みに対して、新井白石は「加賀は天下の書府なり」という言葉を残したと言われている。
「石川新情報書府」は、そのいわれにあやかって名付けられた、「石川の文化遺産のアーカイブ事業」であり、
輪島塗、山中漆器、九谷焼、加賀友禅、金沢箔(金箔)など伝統工芸品をはじめ、「加賀宝生」といわれる能楽や、邦楽・舞踊など、数々の伝統芸能、様々な史跡や名勝など歴史文化財をも、後世に残そうとする試みである。
同時に「石川県の情報発信」「情報通信関連産業の振興」「伝統文化関連産業の振興」を目的に、現在はDVDとホームページにて公開している。(DVDは有料で販売している)
実は、私も数年前に、「石川新情報書府」のコンテンツ制作にかかわったことがある。実際、そのときは相当苦労した。(^^;;
でも、いまでは、いい思い出であり、また、少しでも、このようなことに関わることができたことはとても参考になったし、いい経験であったと思う。
「石川新情報書府」は10年間も続いている事業で、いまは第三期の事業を行っている。これからも石川県には是非ずっと続けてもらいたいものである。
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私はeAT KANAZAWA(イート金沢)に直接関わっているわけではない。
しかし、友人である元めんたんぴんの池田洋一郎さんが、最初から関わっているので、私自身一度しか参加したことがないが、今日は、そのeAT KANAZAWA(イート金沢)を紹介したいと思う。
何年か前、確か、2000年のときだったと思うが、映画の編集で有名な掛須秀一さんと池田さんと小松で飲んだこともあったり、浜野さん、萩野さん、日比野克彦さん、大樋年雄さんなど、お会いした方々も少なからず関わっていられるので関心を持って毎年見ているのだが、いかんせん、ちょうど忙しい時期の開催なので、なかなか行けないのが残念である。
結論から言って、一地方都市はこのようなイベントを10年も続けていることに、正直驚きをもっている。
eAT KANAZAWA(イート金沢)のコンセプトは、ホームページを見ると、次のように書かれている。
eAT KANAZAWAは、金沢の都市文化の魅力を活かし、
●金沢を舞台とする、アーティストの国際交流の推進・発展
●子どもの新しい創造性の開発
●都市間の空間的距離をこえた、知的生産の可能性追求
●ハンディキャップのない、ネットワークを活用した生きがい、働く場の創出
をめざし、広いジャンルから、プロデューサー制の採用による、オリジナリティあふれるテーマ選定で開催されます。具体的には、グラフィックデザイン、インダストリアルデザイン、マルチメディアコンテンツ、映画、ゲーム、建築、音楽、教育など、様々なテーマを開催年ごとに設定し、様々な人々の参加をつのります。
また、eAT KANAZAWAは、金沢にとって、
●21世紀に向けた金沢の発展における人材育成
●内外に向けた、金沢の都市文化の広報活動、イメージアップ
●伝統工芸などの地場産業に先端技術による、新しいコラボレーション
をもたらします。
このような趣旨で行われて、結果がどのようになっているのか、わたしは知らないが、デジタルアートにいち早く注目し、内外から素晴らしいゲストを呼び、新しいクリエーターを育てる目的で多彩な試みを行っていることは素晴らしいことだと思う。
さて、今年のeAT KANAZAWA(イート金沢)は、ちょうど10周年の節目の年。開催は下記の通りである。皆さんも一度参加して見てはいかがだろうか!?私も時間が取れれば行きたいと思う。
開催日時 2006年1月27日(金)28日(土)
eAT'06 KANAZAWA 開催テーマ
『ルールを作ろう!』「なんでもあり」からは「何も生まれない」。
第10回総合プロデューサー 佐藤 卓
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長谷川章さんのd-k(デジタルカケジク)LIVE東京国際フォーラムのご案内です。
長谷川章さんとデジタルカケジクについてはこちらを。
12月24日から31日まで有楽町の東京国際フォーラムG棟(ガラス棟)で 「光の祭典」 スピリチュアル オブ ライトが行われます。この広大な吹き抜けのG棟にD-K(デジタル掛け軸)で幻想的な空間を作り上げるのは、今やデジタルアーティストとして世界的に有名な映像作家、長谷川章氏。
詳しくは↓
http://www.t-i-forum.co.jp/function/news/data/2005/051107.html
http://www.t-i-forum.co.jp/general/index.php
フォーラム・ミレ・ナリオクラブ2005
光の祭典「スピリチュアル オブ ライト」 D-Kインスタレーション
場所 東京国際フォーラム ガラス棟ロビーギャラリー
日時 12月24日(土)~12月31日(土) 11:30~22:00(31日は27時まで)
入場無料
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大昔の石川県はどんなところだったのだろうか?普段はあまりそんなことを考える機会も少ないと思う。
私は学生時代から歴史には少なからず興味を持っていたので、ふと、そんなことを考えて調べてみた。
加賀地方の昔(古墳時代~飛鳥時代)、国府が置かれていた。その場所については、小松市の東部にある住宅地「国府台」のあたりだとされている。それは、ここにはかつて「河田山(こうだやま)」と呼ばれ、古代日本の各国毎に置かれた政治の中心都市の一つであったとされている。だが、それを裏付ける遺跡は発掘されていない。
日本は645年の大化改新により、中央集権の政治体制確立を目指し、それまでの地方豪族による地方統治から、天皇中心の律令国家として、中央から派遣された国司が政治をつかさどるようになってきた。
そんな中、加賀国は823年に越前国から分国されたのだが、わずか四郡のみの小さな国であったようである。
さて、先ほども書いたが、小松市東部の加賀産業開発道路沿いの住宅団地、国府台には「河田山古墳群(こうだやまこふんぐん)」がある。総数61基からなる古墳群や弥生時代の高地性集落跡、奈良時代の須恵器の窯などが出土しており、計52基の古墳が発掘され、そのうち9基は現状保存されている。
特に注目されたのは、凝灰岩を積み上げて造られた「切石積横穴式石室」をもつ古墳で、天井がアーチ形となる全国にも例のないもの。それゆえ、発掘当時、全国の研究者などからも遺跡保存の要望が出され、石室は基盤ごと移築され、復元されている。
また、史跡資料館(入場無料)があり、その中には数々資料や、解体された33号墳の切石積横穴式石室も復元されている。
あと、小松市に隣接している能美市(旧寺井町)には、国指定の史跡である「和田山・末寺山古墳群(わだやま・まつじやまこふんぐん) 」もある。
この古墳群は3世紀後半から6世紀の間に造られたもので、前方後円墳や円墳など40数基が確認されていおり、隣接した能美市歴史民俗資料館で出土した副葬品などが公開されている。
石川県には、これ以外にも各地に縄文時代から弥生時代、古墳時代にわたっての色々な遺跡が発掘されている。時々は、私達のルーツを訪ねて古代に思いを馳せてもいいかもしれない。
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先日、加賀市にある「石川九谷焼美術館」を紹介した。この施設は県立の美術館である。しかしながら、現在の伝統工芸としての九谷焼の生産拠点は能美市(旧寺井町)のほうである。
工房をはじめ、九谷焼を生業として営んでいるところは、圧倒的にこちらの方が多いだろう?なぜ、石川県立の九谷の美術館が加賀市にあるのかについては、色々な理由はあるだろうが私は知らない。
今日は、そんな能美市に敬意を表して、能美市泉台町の「九谷陶芸村」にある九谷焼関連の施設を紹介しよう!
まずは、「九谷焼資料館」である。この施設は九谷焼に関しての歴史を紐解き、数々の名品を鑑賞できる施設である。残念ながら、出来てから20年以上経った施設で展示も少しばかり古くなった気もするが、九谷焼を体系立てて理解するにはいい施設であると思う。
次は「九谷焼資料館」の隣に位置する「浅蔵五十吉(あさくら・いそきち)美術館」である。この施設は旧寺井町出身の陶芸家で、平成8年に文化勲章を受けた浅蔵五十吉(1913~1998年)の代表作を紹介するために出来た施設であるが、建築的にも素晴らしい施設である。浅蔵氏と親交のあった池原義郎氏の設計。直線を活かし、玄関には円形の池を配し視覚的に奥行きと広がりを持たせている。
中は、奥行きのある一直線の展示スペースで、浅蔵五十吉の主に平成の作品を一同に見ることが出来る。
最後は、「九谷焼陶芸館」で、ここは「九谷焼資料館」の別館として平成2年に開館した。
ここでは、来訪者が簡単に陶芸に親しむことが出来るように、ロクロ、上絵付け道具、本窯、上絵窯などが設けられており、陶芸の基礎から指導員が詳しく指導してくれ、陶芸の楽しさを十分に堪能できるようである。(残念ながら私は体験したことがない)
そうそう、ここ「九谷焼陶芸」にいらっしゃる佐久間忍さん、なかなか味な作品を作ってますよ!
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金沢は明治時代、偉大な三人の文豪を生んでいる。泉鏡花、室生犀星、徳田秋声である。
江戸時代、「天下の書府」と呼ばれた金沢は、多くの文学者、芸術家を輩出している。今日は、明治の一時期、同じ時代を生きていた金沢の3人の文豪にスポットを当ててみたいと思う。ただ、私自身、この3人の文豪の書いた書物は、学生時代に泉鏡花の高野聖(こうやひじり)を読んで、途中で挫折した思い出しかないので、あくまでインターネットや記念碑に書いてあった内容を紹介しうるだけであることを、あらかじめ断っておきたい。
泉鏡花(写真は泉鏡花記念館)
泉鏡花は1873年生まれ 高野聖(こうやひじり) 婦系図(おんなけいず) 照葉狂言(てりはきょうげん)など。「別れろ、切れろは、芸者の時に言う言葉」という有名なセリフは知っている人も多いだろう?
泉鏡花の作品は、「義血侠血」「照葉狂言」など、この地を舞台とした作品が多く、金沢との関係も3文豪の中でも一番関わりがあると思う。その中で、「義血侠血」は「滝の白糸」という題で、新派の当り狂言となり、クライマックスは、兼六園の「ことじ燈篭」の書割が背景になっている。
昭和14年発表作「縷紅新草」が小説として最後の作。
これらの業績をたたえ、生誕百年の昭和48年に金沢市は泉鏡花文学賞を制定して、その年に発表された文芸作品(小説、戯曲等、単行本に限る)で、泉鏡花の文学の世界に通ずるロマンの薫り高い作品を対象として表彰を行っている。
室生犀星
室生犀星は1889年生まれ 犀星の名は、当時金沢で活動をしていた漢詩人の国府犀東に対抗したもので、また、犀川の西に生まれ育ったことからつけられた名前である。
最初は、詩人として「愛の詩集」「抒情小曲集」等で近代抒情詩として成功し、やがて小説を書き始め、「幼年時代」(大正8年)を処女作とし、「性に目覚める頃」(大正8年)などにより、小説家としての確固たる地位も築いた。長編「杏っ子」(昭和32年)で昭和33年度読売文学賞を受賞するなど秀作を次々と生み出し、昭和37年癌により、72歳の生涯を閉じた。
徳田秋声(写真は徳田秋声記念館)
徳田秋声は1972年生まれ 秋声の名は、宋の欧陽修「秋声賦」の季題「秋の声・秋声」によるものとされている。泉鏡花と同じく、尾崎紅葉に師事し、泉鏡花、小栗風葉、柳川春葉らとともに「葉門の四天王」と呼ばれていた。主な作品としては、私小説の画期的傑作とされている「足跡」(明治43年)「黴」(明治44年)などにより、文壇的地位を確立した。
また、彼の全作品の集大成であり、帰結でもあった「縮図」(昭和16年)は未完とはいえ、日本近代小説の一角を代表する傑作として評価されている。
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小松市役所のそばに芦城公園という公園がある。加賀藩の三代藩主前田利常公が晩年に居城とした小松城の三の丸跡を公園として整備したのが芦城公園である。
その外れに「本陣記念美術館」は建っている。「本陣記念美術館」は北國銀行元頭取、本陣甚一氏が収集した美術品の寄贈を受け、その美術品を市民に鑑賞してもらうために市が建てた美術館である。設計は世界的に有名な黒川紀章氏。平成2年10月に開館した。
設計のコンセプトは、この地が小松城・浮城の跡地であることから、堀の中に立つ江戸時代の土蔵をイメージして建てられたようである。所蔵品は東山魁夷・前田青邨などの日本画が中心で、あとは中川一政などの油彩画、古九谷を中心とした東洋陶磁などを見ることが出来る。
実は、建築家としては私は黒川紀章のことは、そんなには好きではない。理由は色々あるけれど、ここでは書かないが、とにもかくにも黒川紀章は有名な建築家である。その有名な建築家が、一地方都市の小さな美術館を設計してくれたのだから、それはうれしいことだけど。
彼が美術館のオープンのときに、正確には覚えていないが、「わが子供を送り出すような感慨を覚える」と言ったような記憶がある。美術館には彼の意図する意匠が散りばめられているが、その考え方を理解してみなければ何だか訳がわからないであろう。特に窓の形や位置にはこだわっているようで、小松の市章の松の形かハートの形のような「いのめ」「菱形」「三角」など、昔の蔵についている家紋などを意識したのではないかと思われる。それぞれ、明かり取りであったり、排煙用であったりするのだが、どうも私の感覚には合わないようである。(^^;;
中に入ると、小さな建物ながら、一階二階が吹き抜けになっているため、そんなに狭い感じはしない。展示スペースは主として二階にあるのだが、狭いので、じっくり展示を見ても30分あまりで全て見渡せる規模だ。
前に紹介した宮本三郎美術館にほど近い場所にあるので、合わせて行ってみてもいいかもしれない。(宮本三郎美術館は2005.11.24(木)~12.12(月)は休館中)
本陣記念美術館
小松市丸の内公園町19
TEL 0761-22-3384
休館日:月曜日(祝日に当たるときはその翌日)12月29日~1月3日、展示替え期間
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
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北大路魯山人といえば、希代の美食家であり芸術家であったことは多くの人が知っているだろう?「食」を芸術の域にまで昇華させたのも北大路魯山人だと言っても過言ではないだろう?
北大路魯山人が陶芸の道に入ったのは、山代温泉における出来事が大きく影響しているようである。もし、山代温泉に逗留しなければ、魯山人の人生は大きく変わったかもしれない?
魯山人が九谷焼窯元である初代須田菁華を訪れたのは大正4年。初めて陶芸家の仕事を見た魯山人は、 陶芸の制作現場に大いに興味を抱き、九谷焼の絵付けを行い、作陶に目覚めたようである。
魯山人は後に「料理とは、単に舌先 だけで味わうものではない。 器がくだらないものでは料理も生きない」と述べているように、後々の彼の料理と、後に主宰する美食倶楽部、さらには器に傾倒するなど、彼の原点はこのときだったのかもしれない?
魯山人は、その後、織部、瀬戸、備前など、さまざまな焼き物の制作にも挑戦して、名声を高めていくのである。
この山代温泉には、北大路魯山人が逗留していたときに住んでいた家が公開されている。「魯山人寓居跡いろは草庵」である。ここで魯山人の原点を垣間見ることが出来る。
さて、魯山人に陶芸を教えた初代須田菁華であるが、めったに人を誉めない魯山人ですら、初代須田菁華のことを、「翁は当代陶磁界における第一の異才なり」と最大級の賛辞を贈っている。よほど、影響を受けたのだろう?
なんと、1年も山代温泉に逗留して、手ほどきを受けている。
現在の須田菁華は四代目である。山代温泉の女生水の近くに工房とお店を構えている。
彼の作品は、自由奔放な筆使いでトンボや紙風船などをモチーフにしたものなど、どこかホッとする作品が多く、私も好きな作家である。もちろん、お値段もそこそこするので、そんなに買えるものでもなく、いつも客人を案内したときなども、指をくわえているだけなのだが・・・。(^^;;
須田菁華窯
加賀市山代温泉東山町4
TEL 0761-76-0008
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美人画で有名な画家であり、詩人でもある「竹久夢二」は、岡山出身だが金沢とも縁が深い。
金沢の奥座敷といわれる湯涌温泉にも、「金沢湯涌夢二館」があるほどである。では、なぜ、竹久夢二が金沢とゆかりがあるのだろうか?
それは、まず、竹久夢二の妻、たまきが金沢出身だったことがあげられる。そのため、明治の末に妻の実家のある金沢を訪れている。その後、たまきとは離婚するのだが、彼女が開いた日本橋の絵草紙屋に、当時女子大生であった日本橋紙問屋の一人娘笠井彦乃と知り合った。だが、彼女の両親の反対にあい、大正6年9月からおよそ3週間、金沢の湯涌温泉に
前妻との間の子供である次男を伴って逃避行をしているのである。
そのときのことが、竹久夢二の歌集「山へよする」に書かれており、湯涌のお薬師には、夢二生誕百年(昭和56年)に記念する文学碑が建てられている。
さて、続いて湯涌温泉のことも紹介しておこう!
金沢市内から車で20~30分ほどのところ、医王山の麓に湯涌温泉はある。温泉の由来は約1300年前に1羽の白鷺が舞い降り、再び飛び立ったあとを農夫が見ると、温泉が湧いていたというところから来ているようだが、大体、昔からの温泉地にはこのような逸話が多く残っているようである。
その後、江戸時代には歴代の加賀藩主の「湯治場」、「隠し湯」として利用されていたようである。いまは先ほど紹介した「竹久夢二記念館」の隣に総湯「白鷺の湯」があり、多くの観光客や市民にも利用されている。
私も入ってみたが、新しい施設で、温泉の成分は「無色透明の石膏含有弱食塩泉」。とても気持ちのいい湯であった。入湯料は300円だったが、11月から350円になるようである。
湯涌温泉には、いま9軒の温泉旅館がある。どれもが、山あいの四季折々の彩りを楽しむことが出来るようである。私も久しく行っていない。たまには、このような山あいの温泉でゆっくりとしたいものである。
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加賀藩の家紋はご存知「梅鉢紋」である。「梅鉢紋」といえば、学問の神様「菅原道真公」をパッと思い浮かべるのではないか?
何故、加賀藩が梅鉢紋を家紋としているのか?
書くと長くなるので詳細には書かないが、ようは利家が菅原道真のことを尊敬していたようである。よって、「梅鉢紋」を家紋としたようで、祖先かどうかは怪しいようである。
さて、今日は、その前田家の藩主を祭っている二つの神社を紹介しよう!
まず最初は、金沢での観光場所としても有名な尾山神社である。尾山神社は、藩祖「利家」と奥方の「まつ」を祭っている神社で、元々、1599年に利家を合祀して創建された卯辰八幡宮を、明治6年(1873)に卯辰山から現在地に移して出来たのが尾山神社である。
特徴は一見すると竜宮城のようにも見える神門である。この神門は明治8年(1875)に完成し、和洋中の三様式が取り入れられ五色のギヤマンが綺麗で、観光客の絶好の撮影ポイントとなっている。また、境内には、利家の銅像などが建てられており、初詣などでも大勢の人で賑わっている。
次は、小松市のある「小松天満宮」である。こちらのほうはその名の通り菅原道真を祭っている天神様である。「小松天満宮」は三大藩主の利常が小松城に隠居したときに、前田家の祖(であると思われている)菅原道真公を祭る神社として、京都北野天満宮を4分の1に縮尺して建てられた。それは、当時は最も嫌われた「鬼門」という方位で、金沢城と小松城の鬼門線上に小松天満宮を造営したのである。なお、高岡城、金沢城、妙立寺(忍者寺)、小松天満宮、小松城はこの鬼門線上にあるとのこと。
このように、小松天満宮は加賀藩にとって重要な守護神として位置づけられていたようである。写真の神門(上)と本殿は国の重要文化財である。
小松天満宮は、学問の神様、菅原道真を祭っている関係で、初詣などでは多くの受験生の神頼みで賑わう。また、天神様といえば梅を思い浮かべるだろうが、早春には梅の花が参道を飾る。こちらも見所の一つである。
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金沢城と言えば、加賀百万石前田家の居城であった。しかしながら、天守閣など主要な建物は明治時代に陸軍駐屯地に利用されていたときに火災で消失してしまった。
金沢城では、石川門と三十間長屋、水の手門、切手門が消失の難を逃れているが、その後、戦後は金沢大学のキャンパスとして、平成7年まで利用されており、全国的にも珍しいお城の中の大学として有名であった。
金沢大学が移転後、金沢城公園として整備され現在に至っている。
その金沢城公園で、一昨年より開かれている「金沢城四季物語」を今日は紹介したいと思う。「金沢城四季物語」は四季折々の金沢城公園を楽しみながら、加賀百万石に関係のある伝統文化や芸術を間近に楽しめるイベントである。詳しいイベントの内容はこちらを見て欲しい
私は先月末に開かれた「夏物語」の最後を飾る「太鼓の響き」というイベントを観てきた、毎年このイベントだけは観にいく。それは、いつもお世話になっている浅野太鼓さんが関係しており、そして炎太鼓が出ているからである。「炎太鼓」については、前に私のブログでも少し触れたことがある。女性3人のグループであるが、結成以来20年も第一線で活躍している地下さんをはじめ、全員魅力的な女性であり、普段の姿からは想像できないほどパワフルな演奏を聴かせてくれる。今回の演奏も、3人の一糸乱れぬバチさばきは見事であった。久しぶりに演奏を聴いたが、益々パワーアップしている感じがする。
さて、「金沢城四季物語」はネーミングの通り、四季ごとに行われる。あと、秋物語と冬物語が残っている。秋物語では「中秋の名月鑑賞会」が17~18日に開催される。太鼓とは違った静かに中秋の名月を見ながら秋の夜長を過ごすのもいいのではないだろうか?
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加賀前田家は、文化的にも大きな影響を現在にもたらしている。茶の湯も初代藩主である利家の頃から盛んで、京から多くの茶人を招き寄せている。
さて、今日は、そんな茶の湯に関係あることを書きたいと思う。一つは裏千家と千宗室について。もう一つは、金沢の大樋焼についてである。
茶の湯をやっている方なら両方ともよく知っていると思うが、裏千家の始祖・四世仙叟宗室居士(以下、千宗室)と初代の大樋長左衛門以来、両家の関係は切っても切れない仲になっている。
元々は、加賀藩三代藩主利常が、裏千家の千宗室・仙叟を指南として招いたことで、加賀藩に裏千家が普及した。その後、五代藩主綱紀の時代に、先ほど書いた関係が出来上がるのだが、三大藩主利常が小松城に隠居したときに、千宗室を招いて、小松の町にも茶の湯の普及を行ったようである。それが縁で、千玄室大宗匠(前千宗室)が1997年に四世仙叟宗室居士300年遠忌を記念して、小松市に寄贈された茶室が仙叟屋敷・玄庵である。地元の小松畳表や小松瓦、京都の北山杉を用いた数奇屋造りで、千玄室大宗匠(前千宗室)自ら設計された茶室で、年に数回、お茶会が催されて、一般にも公開されている。
さて、次は大樋焼である。金沢の大樋焼は、裏千家とは切っても切れない焼き物である。京都の楽家がルーツであるが、その楽焼きの黒や赤を使うことを禁止され、独自に飴釉という釉薬の効果を利用した独特の発色が特徴の焼き物を創り上げた。基本的にはろくろを使わない手びねりとヘラで作られており、一つ一つが手作りのため、大量生産がきかないが、一つ一つが違った形で味があり、厚めの焼き物のため保温に富んでいるが、軽くて暖かみがある風合で、お茶に広く利用されている。
大樋焼のことを知りたければ、大樋美術館に足を延ばしたほうがいいだろう?初代の大樋長左衛門以来の作品や、茶の湯に関係のある工芸の品々を見ることが出来る。ギャラリーも併設されており、もちろん、10代大樋長左衛門氏やご子息の大樋年雄さんの作品なども購入することが出来る。
余談だが、11代目の大樋長左衛門を継ぐであろう年雄さんは、神泉「あらばしりの会」にも参加してくださったり、時々、色々なところでお会いするが、とても明るくていい人である。しかしながら、伝統の大樋焼の技を大切にしながらも、陶壁や建築空間プロデュ-ス、さらにはサングラスのデザインなどに活躍の場を広げている。これからが楽しみな芸術家の一人であると思う。
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私の尊敬するアーチストの一人である長谷川章さん。前にもこのブログで紹介したことがあるが、その長谷川章さんが、8月20日に白山比咩(しらやまひめ)神社で「d-k(デジタル掛け軸)」のLiveを行う。
長谷川章さんは、小松在住のクリエーターで、主にCMなどの映像を制作しているCPM(コプメ企画)の代表である。
長谷川章さんが、いま一番力を入れて取り組んでいるのが、「d-k(デジタルカケジク)」である。「d-k(デジタルカケジク)」は、「人間と自然を同化するデジタルアート」で、精神性をも持つアートである。
長谷川さんによると、
「見る人の脳内視覚と感覚の中でイメージを覚醒します。
いわば、人間の360゜五感そのものです。
d-kデジタルの究極は、人間そのもの。
自然界のエネルギーと共振し、人・物の持つ本来の力や太古からの生命のリズムを甦らせるDNA再生のエネルギー空間をつくり出します。
光の饗宴に集まる人々が、光波動を感じて、全く新しいエネルギーを供給し、
人の自然な生態機能の回復を促進させ、光と溶け合う空間をつくりだします。
見る人のその日の感情や意識の状態によって見え方が違う、
それは、「一切は心の働きが創り出す」自分を知る精神の鏡なのです。」
ということだそうだ!?
なかなか文章で説明するのが難しいのだが、たとえば、夕日はじっと眺めていると、なかなか沈まないが、しばらく歩いて振り返ると、すでに半分ぐらい山の端に隠れている。そんな“移ろうように変わる”感覚を、「2枚の原画の間を1分間に1,800枚のデジタル映像で細分化して表現する」というものである。
難しい話になって恐縮だが、いわば、“環境を作り出す光のアート”なのである。「d-k(デジタルカケジク)」というネーミングは、あらゆる物に投影することが出来、その場にあった模様や色彩を作ることができ、季節に応じて架け替えが出来る掛け軸に通じることから生まれたようである。ある人はオーロラの様だと言い、ある人は液体や音楽の映像のようだと言う。ある意味、観る人の感性にゆだねられたアートといえるかもしれない。
おっと、あんまり、長々と書いても初めての人にはわからないだろう?
もし、興味のある方は、8月20日(土)に、白山比咩(しらやまひめ)神社で、「d-k(デジタルカケジク)」を見て体験することが出来るLiveが行われるので行って見てはいかがだろうか?
是非、一度、見にいって、「d-k(デジタルカケジク)」の不思議な感覚を味わって欲しい。白山比咩神社という神聖な空間で繰り広げられる「d-k(デジタルカケジク)」は、これまでにも増して、より精神的な高まりを期待できること請け合いだ!
白山本宮・加賀一宮 白山比咩神社
鶴来青年クラブ40周年記念
http://www.shirayama.or.jp/
D-K LIVE
8.20(sat) 19:00~24:00
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石川県には富士山、立山とともに日本三名山の一つに数えられている山、白山(2,702m)がある。古くから「しらやま」や「越のしらね」の名で和歌にも詠まれている。また、信仰の山としても知られ、山頂には白山奥宮があり、全国3000余りある白山神社としての白山信仰の中心的存在である。
そのふもとの鶴来に「白山比咩(しらやまひめ)神社」はある。
養老元年(717)御神体山の白山を白山妙理大権現と称して祀ったのが創祀で、本宮は白山頂上に鎮座していたが、登山が容易でないことから、山麓の現在地に社殿を建てたといわれている。「加賀国一宮」として尊崇され、「白山さん」と呼ばれて親しまれている。
配神としては、伊弉諾神(いざなぎのかみ)・伊弉冉神(いざなみのかみ)を祀っている。
石川県にもたくさんの神社仏閣があり正月には初詣で賑わっている。有名どころでは金沢の尾山神社、羽咋の気多大社、それに今日紹介している白山比咩(しらやまひめ)神社が三大初詣人気神社だろう?
私も何回か行ったことがあるが、普段は人気のあまりない神社も、初詣時期はとても多くの人で賑わう。ご利益は「大漁・五穀豊穣・開運長寿・家内安全・子孫繁栄・縁結び・交通安全・商売繁盛・学業成就」だそうであるが、聞いた話では白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ=菊理媛神:くくりひめのかみ)は女性の神様で、アベックで行くと嫉妬してうまくいかないといった話も聞いたことがある。本当かどうかはわからないが・・・。
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白山の麓に、自然と一体となったアート空間がある。「GALLERIA」である。
このお店は、金沢から157号線で白峰の方に向かう途中、旧の河内村にある。前には「めおと岩温泉」や「白山連邦美術館」があるところである。157号線を進んでいけば、右側(「めおと岩温泉」や「白山連邦美術館」の真向かい)に瀟洒な建物が見えるので、たぶんわかるだろう?
GALLERIAの建物の裏手は、木々が生い茂っており、そのまた向こうに手取川が流れているという、まさに自然の中のギャラリーである。
元々は金沢にあったそうだが、7年ほど前に、この場所に移転してきた。普通は金沢の方が交通の便もよく訪れる人も多いと思うのだが、周りの環境を見れば、オーナーがなぜこの地に移ってきたかはなんとなくわかるような気がする。
GALLERIAは画廊ということで、絵も買えるし、貸しギャラリーもやっている。それにカフェも併設されていて、自然に囲まれ小鳥のさえずりも聞こえてくる中でお茶を飲むことが出来る。
たまには、こんな自然とアートに囲まれたいい空間で、何もかも忘れてゆったりとお茶を飲みながら本でも読みたいと思う。
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加賀百万石の城下町「金沢」は能・狂言などの伝統文化が、いまも生活の中に息づいている。
加賀藩は外様大名ながら百万石の大藩。幕府からは常に睨まれていたようである。加賀藩の3代藩主、前田利常は、幕府からの警戒を逸らす為に、わざと鼻毛を伸び放題にして登城したり、若くして次代に家督を譲って隠居した。隠居の場所として住んだのが小松である。
さて、こちらで能と言えば加賀宝生流、狂言と言えば和泉流が有名であるが、それは5代藩主の綱紀のときからであって、元々は金春流(こんぱるりゅう)が主であったようである。
5代藩主の綱紀の時代から、加賀藩の武士たしなみとして能は欠かせないものとなったようだ。また徐々に町民の間にも広まり根付いていった。そのため、いまでも舞や謡を習う人も多く、色々な場面でも耳にする機会が多い。それほど、加賀の土地には昔ながらの伝統芸能や文化が残っている。
私も、時々ではあるが能の舞台を見に出かけることがある。
写真は、私も良く存じ上げている櫻間右陣さんに、東酒造の「あらばしりの会」にわざわざ来ていただき舞ってもらったときのものである。櫻間右陣さんは、祖父が人間国宝であった櫻間道雄さんで、右陣さんは櫻間家 第21代当主として活躍されている。
そうそう、最後にグルメネタも少々書きたい。
右陣さんに小松に来ていただいたときに、志の助にお連れしたときのこと。なんと、右陣さんは、鮨ネタの魚介類でも、脂のあるものは一切口にしなかったのである。
理由は、能の面(おもて)に汗の脂が付かないようにするために、脂物はほとんど口にされないそうである。能の面(おもて)は、安土桃山時代に作られたものも多く、国宝や重要文化財クラスのものもあるそうなので、そんな代々伝わる能の面(おもて)をダメにするわけには行かないのである。
志の助のイカの握りにはゴマが挟んであるのだが、そのゴマまで丁寧に一つ一つ取り除いたのにはびっくりした。やっぱりプロは違うと妙に感心させられたのを覚えている。
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金沢はアートやデザインに対しての造詣が深い人が多い気がする。やはり加賀百万石の時代から伝統だろうか?
そのせいかはわからないが、街角や市街地から外れたところにもたくさんのギャラリー&デザインショップがある。
今日紹介するのは、その中の一つ「コニーズアイ」である。
金沢市内から、浅野川沿いの堤防の道路をずっと内灘方面に進むと、左手に「コニーズアイ」はある。本当の和風住宅なので注意して見ていないと通り過ぎるかもしれない。小さな緑色の看板が目印と言えば目印である。
コニーズアイのコンセプトは「空間の価値を高めること」。
室内には、家具、照明、日用品、文具、玩具、オーディオ、インテリアやデザインに関しての書籍、CD-ROMなどあらゆるジャンルのものが、ごく普通の和風住宅の部屋ごとに分類され置かれている。
特に柳宗理の商品が数多く揃えられているが、他のものもどれも機能的でシンプルな物ばかりである。そして中にはカフェも併設されており、色々な商品や庭を眺めながら、ホッとしたひと時を過ごすことも可能だ。
なんというか、とてもホッとする空間で、こんな「モノ」に囲まれた生活をして見たいと思わせてくれるひと時である。皆さんも一度見学にいかれてはいかがだろうか?きっと日常生活に参考になるものが見つかるだろう。
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石川県は繊維産業が盛んなところである。加賀藩の時代は絹織物。現在は合繊が全国的にも産地として知られている。
私の友人であるマックこと松田さんが、昨年の3月に東京 代官山にブランド名「SHARO(シャロ)」で産元商社発のアパレルショップを立ち上げた。SHAROは、「からみ織り」という日本古来の織物を取り上げ、その伝統技術に裏付けられた新しいファッション提案をしていくプロジェクト・ブランドである。
SHAROの名前の由来は、「紗」と「絽」。「紗」と「絽」は法衣や神官服等の正装和装に使わている「からみ織り」という織物の呼称。からみ織の歴史は非常に古く、平安時代に中国の明から伝えられたそうである。布全体に小さな網目状の隙間があって通気性に富み、涼しげな外観とさわやかな肌触りが特徴で、主に夏物用衣料として用いられてきた。その独特の美しさと風合いは、からみ織りでしか表現できない世界があり、その特長を活かした新しいセンスのファッションを広く世の中に打ち出したいという意欲的なプロジェクトである。
松田さんは、そのプロジェクトの若きリーダーとして関わっているのである。彼は「伝統と技術を生かしながら、作り手が新しいことに挑戦していく。そうやって日本の伝統文化、ファッション界が発展していき、それをファッションを愛し、楽しむ人々が支えていく、、、そうした挑戦をSHAROを通してどんどん発信していきたいと思っています。」と、このプロジェクトについて語ってくれたことがあるが、今年、新たにニューヨーク在住の日本人デザイナー、TSUTOMUがデザインを手がけた新しいブランドを出すそうである。
これから益々活躍の場を広げる松田さんに拍手を贈りたい!
私も、このSHAROのシャツやTシャツを何枚か持っている。左の写真はその中の一枚。ちょっとスケスケのエロチック?なシャツであり、下に着るものが透けて見えるのでコーディネートの幅が広がるので重宝する。
さて、あんまり、かっこいいことばかり書いてもしょうがないので、少しプライベートを暴露しちゃいましょう!(笑い)
マックとはいつも、とある会のメンバーでよく一緒に飲むことがあるのだが、噂によると「コンパ四天王」だそうだ?そういえば、いつもいい女を連れて歩いている。えっ?SHAROのモデルだって?ホンマかいな~!?
東京のお店と石川を行ったり来たり、夜はDJとしても活躍している多才なマック!これからも頑張って欲しいものである。
SHARO(シャロ)
東京都渋谷区猿楽町26-5
12:00~20:00<水曜定休>
TEL:03-5456-4860
SHAROのブログ
http://blog.livedoor.jp/sharo_ny/
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山中町は石川県でも一番南に位置している町で、この10月にお隣の加賀市と合併して、山中町という町名も消滅する。
その山中町は漆器と温泉の町である。山中温泉のことはまた機会があれば紹介したいと思うが、今日は「山中漆器」について書くこととする。
山中漆器は、天正年間(1570~1592)、大聖寺川沿いに山中町より約20km上流あたりに、越前から木地師が移住し、その挽き物の技術が伝わった頃に始まると言われている。
当初は白木地の挽物で、湯治客を対象とした土産物が主だったが、その後全国から名工を招聘。技術導入により、現在に承け継がれている千筋挽(せんすじびき)、そして朱溜塗(しゅだめぬ り)、独楽塗(こまぬり)、色塗漆器など、さまざまな技法が開発されて、今日のような本格的な地場産業としての地位を確保したようである。 |
さて、この山中町で年に一回開かれている漆器祭りが「山中漆器祭」である。
「山中漆器祭」が毎年ゴールデンウィーク期間中、5月3日~4日の2日間にわたって山中温泉中心部の山中座、菊の湯ラウンジとその周辺道路を歩行者天国とした特設会場で開催される。日本一の生産額を誇る山中漆器の産地直売をメインにしたものであるが、色々な屋台やイベントなども開かれており、地元の人や観光客で賑わう。もちろん、掘り出し物を探すことや、お店の人との値段の駆け引きも楽しい。そうそう、もし安く買いたい場合は、4日の夕方あたりが狙い目だろう。祭りの最後ということで、お店の人も相当値引きに応じてくれるであろう?
来年行こうと思った方は参考にして欲しい。
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金沢市では、21世紀の都市戦略の中心に「文化」を位置づけ、それに関しての色々な施策を打ち出している。
今日は、そういった金沢の面白い試みである「金沢市民芸術村」を紹介したいと思う。今回、私は、このブログでも紹介した広坂ハイボールの宮川元気さんも出演するということで、石川が生んだ偉大な哲学者である西田幾多郎を劇にした「おーい幾多郎」という演劇の初演を観に出かけたのである。8日から15日までやっているので、興味のある方は観に行かれて見てはいかがだろうか?
金沢市民芸術村は、平成8年に出来た施設である。ここは大正末期から昭和初期に建設された旧紡績工場倉庫群を改修整備して作られたもので、レンガ造りだが古さを感じさせないとてもモダンな外観となっている。中は昔の紡績工場時代の木の柱は梁などがほとんどそのまま残っているのだが、この古さを感じさせる木の雰囲気が逆にいい空間を演出している。
運営面では利用者自身が責任を持って行う「自主管理方式」をとり入れており、低コストで市民が色々なイベントで利用できるように工夫されている。施設そのものは「ドラマ工房」「ミュージック工房」「アート工房」などのいくつかの工房から成り立っていて、年間を通して利用されている。
この施設は練習、体験といった発表以前の創作・創造活動を創ろうとした点にオリジナリティーがあるのであろう?つまりは、創造的な市民活動を育てるインキュベーションとして機能しているのである。
この施設は平成9年度「グッドデザイン大賞」を受賞している。受賞の理由として、施設コンセプトの検討、デザインプロセス、施設マネージメントという「始まりから終わりまで」が、市民参加という視点から貫かれていることが高く評価されたからだそうだ。
なかなか他の都市ではまねの出来ない施設かもしれない。末永く残って欲しいものである。
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皆さんは日頃「ろうそく」というものを家庭で使っているだろうか?そういう私の家でも仏壇に正月や命日だけ「ろうそく」を灯すことがあるが、それ以外ではあまり使わなくなった。
先日、七尾にある高澤ろうそくに行ってきたので、いまどき珍しい和ろうそくの話題を書きたいと思う。
和ろうそくは江戸時代に仏教の普及と共に仏壇の灯明として広く用いられるようになったようで、製法的には、灯芯(イグサの髄)と和紙を巻いて芯を作り、木蝋を調合し、よく攪拌し蝋を手で塗り重ねて太くする「手掛け」製法と、今日では原材料等々をほとんど変えずに「型に流し込む」製法があるそうで、高澤ろうそくは、手掛製法の良さを伝え、風に強く、消えそうで消えにくく、油煙の出が少ないのが特徴だそうである。私も和ろうそくについての知識など、まったく持ち合わせていなかったが、今回、ご主人と奥様に色々教えていただいた。和ろうそくの奥深さと日本人の心を教えていただいたと思う。
実際、普通の日本人、特に40台より若い人にとって、和ろうそくは本当になじみの少ないものかもしれない。冒頭でも書いたが、お彼岸やお盆、正月ぐらいはろうそくを仏壇やお墓に灯すこともあるとは思うが、日常生活の中で和ろうそくを灯す人は少ないと思う。
北陸地方は、浄土真宗が盛んな土地柄。そこに住んでいながら、なかなか和ろうそくを灯し、先祖の霊に手を合わすことが少ないことは、とても恥ずかしいことかもしれない。これからは、なるべく仏壇にもお参りをしたいと思う。
さて、話は変わるが、私もグルメのブログを書いていて、「美味しく食べる」ということは単に「料理された美味しい食材」のみを指すのではないと理解している。
「空間」や「しつらい」「器」なども重要なこと。その中でも「灯り」はとても大切であると思っている。料理を美味しそうに見せる工夫は、実はお店でもあまり意識していないところも多いのではないだろうか?
高澤ろうろくにお邪魔して思ったのだが、和ろうそくの灯りは、実に料理の彩を変えるような気がした。
高澤ろうそくでは、Webショップもやっている。「ろうそく屋 浅次郎」である。全国どこでも発送してくれるので、もし興味があれば覗いてみて、気に入ったら、たまには和ろうそくの灯りで過ごしてみるのもいいのではないだろうか?
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金箔の生産は石川県が全国のシェアの99%を占めている。シェア99%というのは凄い数字である。
箔打ちは、10円硬貨ほどの大きさの金合金をたたいて、たたみ2枚分くらいの大きさにまでのばして、金箔を作る作業。薄くのばされた金箔は、工芸品や織物、仏像(ぶつぞう)・仏具、建築物などに使われている。
有名な京都の金閣寺も、もちろん金沢の金箔が使われている。
では、なぜ、そのようなシェアを持つようになったのか?
金沢の気候・水質・風土が金箔を作るのに適していたことが、金沢箔を発展させたようである。まず、雨が多く湿気が多かったことで、金箔つくりに嫌われる静電気が起きにくいといった点。金沢市内を流れる浅野川が箔を裏打ち和紙を作るのに適していたこと。最後は、金沢という街は伝統工芸が盛んで、金箔の一大消費地であったことなどが理由である。いまでは、日本の消費のほとんどをまかなうようになっている。
それと、一時ブームになった「あぶらとり紙」は、金箔を打つときには裏打ちの紙を箔の間に挟んで打ち込んでいくのだが、そのときに和紙の天然繊維がなめらかになるだけでなく、 繊維質がキメ細かく、組織が活性化し、よく肌になじみ 、ばつぐんの吸収力を発揮するのだそうだ。
男の私には、使い心地といった感想など書けないが、化粧には欠かせないものなのであろう?
写真は少し分かりづらいかもしれないが、全て金箔が張られている蔵が店内にある、ひがし茶屋街の「箔座ひかり蔵」というお店である。
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一昨年、能登に空港が出来た。小松空港についで石川県に2つ目の空港である。その能登空港に併設してあるのが日本航空学園である。
日本航空学園といえば高校野球を思い出す方も多いだろう?日本航空学園は山梨に本部がある。山梨には高等学校。北海道に専門学校。そして輪島には高等学校と大学がある。山梨の高校は甲子園の常連になっている。
日本航空学園は、日本航空のパイロットやキャビンアテンダントを養成する学校ではない。主に航空に関わるエンジニアを育てる学校である。もちろん、名前のせいか卒業後は日本航空に就職する学生や生徒が多いみたいだが。
日本航空学園の理事長は、梅沢重雄さん。私もなぜか色々懇意にしていただいている。輪島校も見学させていただいたし、昨年の小松短大の学園祭では、ミス日本やNHKの加藤さんたちとの打ち合わせの場の常務理事室にも招きいれてくれた。(梅沢理事長は小松短大では常務理事という役職である)
また、日本航空学園には、学生、生徒達が団員を務める本格的なミュージカルの劇団を持っている。それが、日本航空学園ミュージカルアカデミーである。日本航空学園ミュージカルアカデミーといっても、全国で公演を重ねる本格派。昨年の小松短期大学の学園祭や小松市民センターでの公演も見たが、学生、生徒達が演じるミュージカルとは思えないほど素晴らしい舞台だった。ちなみに小松などで公演した「虹色のつばさ」は総合プロディースは、山口百恵などを育てた、酒井政利さん。演出/振付はAMAPなどの振り付けも担当した相良まみさん。
ところで、こんなエネルギッシュな日本航空学園が、実は昨年から小松市にある小松短期大学の建て直しをやっているのだ。
ご存知の通り、全国の短期大学は経営が苦しい。特に20年ほど前に新設された地方都市にある私立、第三セクターの短期大学はどこも学生を集めるのに苦労しており、定員割れのところが続出。さらには経営に行き詰まり廃校になるところも多いと聞く。
ご多分にもれず、小松短大もそうであった。これは、何百もある短期大学との違いを打ち出せず、どこにでもある学部しかない中では当然だったのかもしれない。
梅沢理事長は、この小松短大に新しく「航空ビジネスステージ」を設け、小松という飛行場を持つ都市のアイデンティテーを活かそうというのである。航空ビジネスはまだまだ可能性が大きい分野である。仕事の中身も特徴があり、普通の大学では教えてくれない内容がほとんど。エアライン会社にとっては即戦力として期待できる人材を期待できるのではないか。
小松短大の建て直しは、一方では短大そのものの変革も必要不可欠である。梅沢理事長のリーダーシップが十分に発揮される場であると、私は確信している。どうせ取り組むなら、その分野で日本一の短大となって欲しいものである。
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私はこのブログで紹介するお店や物は、必ず、石川県に存在しているか、もしくは作っている物である。また、人の場合は住んでいる、出身であるか、もしくは何らかの縁がある人に限っている。
今回は本籍地が石川県ということでご紹介するのは、建築家の丸谷博男さんだ。
●プロフィール
丸谷 博男(まるや ひろお)
NPO梅ヶ丘アートセンターフェローシップ代表
千葉大学工学部建築学科非常勤講師
東京芸術大学非常勤講師
2002年東京芸術大学、女子美術大学、沖縄芸術大学より「素材と造形論」の非常勤講師依頼を受ける
一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラルarts and architecture代表
丸谷さんと知り合って、もうかれこれ15年ほど経過している。
それ以来お付き合いをさせていただいているが、ここ2年ぐらいは疎遠になってしまっている。
彼は、東京芸大の建築学科卒業。その後、大学院で、OMソーラーで有名な奥村昭雄先生に師事し、環境共生型住宅の設計やまちづくりなどに取り組んできた。
丸谷さんは多才な方である。先ほど述べた環境共生型住宅、まちづくり、オープンデスク&スクール、それにギャラリーも運営し、各種勉強会、講演会なども精力的にこなしている。昔、よく一緒に全国各地を回ったりしたのが、そのバイタリティと人脈の広さに驚嘆の一言であった。
ワークショップ手法を使った「まちづくり」など使い手参加型の環境改善手法の開発など丸谷さんと一緒に取り組んでいたこともあった。そのときは小松でもワークショップの全国大会「ワークショップin小松」を開催したり、九州柳川での病院の改造計画にその手法を取り入れ、患者さんと病院スタッフの共存のあり方を探るなど、私の今の素地はそのときの経験から育まれたといっても過言ではないかもしれない。
「ワークショップin小松」では、全国から100人以上の、まちづくりに取り組んでいる方々を集め、まちづくりに置けるワークショップのあり方について議論しあった。当時としては先進的な試みだったと思うし、九州での改善では、立場や地位の違う人たちの合意形成をどのようにしていくかといったところで、大変勉強にもなった。
更には、全国の旨いものや酒には目がなく、いつも各地で美味しいものを一緒に食べに行ったり薀蓄をお聞きしたりと、ある意味、私のとってのグルメの師匠さんでもある。
丸谷さんは、小松での「ワークショップin小松」が縁で、石川県でもいろんなお店や旅館の改造も手がけている。前にご紹介した小松三日市のすみげんの店舗改装も彼の設計である。
また、一昨年まで3年間、お寺や料亭を使って催した「小松の夜を楽しむ会」にもご協力を頂いてたことも今は懐かしい思い出だ。
何に対しても興味を持ち、真摯な態度で我々にも接してくれる丸谷さん。私にとっては永遠のお師匠さんであって欲しい人の一人である。
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辰口の山間に工房を構えて九谷焼の新しい境地開拓に取り組んでいる村久木孝志さんを紹介しよう!
鹿児島生まれのむらさん、さすが薩摩男児だけあって豪快に酒を飲む。まぁ、しばらくはいい調子でみんなとも話が弾む。しかし、ひとたび酒の量が度を越えると、ちょっとここでは書けないようなことも過去にはままあった。(^^;;
この頃は、だいぶ大人しくなってきたという噂ではあるが・・・?(^^;;
村久木さんは、鹿児島生まれなので、まずは薩摩焼から陶芸の道に入ったみたいだ。その後、萩焼きの13代兼田三左衛門氏に師事し、平成に入って九谷焼の道に入った。こちらでは松本佐一氏と人間国宝の徳田八十吉氏に師事して、5年前に独立、「むら工房」を開いた。
私も彼の制作した、おちょこや茶碗をいくつか持っているが、どれも、シンプルな造型の中に、本人の豪快さとは裏腹の繊細な息遣いが感じられる焼き物に仕上がっている。
この頃は、いろんなアーチスト達とのコラボレーションや共同展を開いてもいる村久木さん。これからはどんな方面での活躍を見せてくれるか楽しみである。でも、酒の世界での活躍はやめて欲しいものだが・・・。(^^;;
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40代の人には懐かしいと思うが、1970年代に活躍したロックバンドに「めんたんぴん」というバンドがある。ちょうど、6日のFMのお昼のCHARの番組「Rock on the way」で偶然「めんたんぴん」の曲がかかっていたので懐かしいのでここで書くことにする。
「めんたんぴん」はヴォーカルの佐々木忠平さんをリーダーに、小松高校出身のメンバーが集まって結成されたバンドである。なんと、私は佐々木忠平さんとは同じ町内の生まれで、さらには佐々木忠平さんのお母さんに幼稚園時代お世話になったし、妹さんとは同級生なのである。(^^;;
「めんたんぴん」はPAシステムなどの音響機材をグループで所有し、専属のスタッフとともに4tトラックで全国各地に赴きライヴを敢行するといった当時では画期的なバンド運営を行っていた。また、その音楽的志向は「日本のグレイトフル・デッド」と呼ばれるほど、パワフルで圧倒的な音量を誇っていた。何せトリプルリードに、一時はツインドラムだったのである。
「めんたんぴん」のメンバーとは、私は4~5歳ほど若いが、ちょうど彼らの絶頂期に京都で大学時代を過ごしたので、よく京都のライブハウスに聴きに出かけたものである。「拾得」や「磔磔」など狭いライブハウスは彼らのパワフルな演奏で、いまにも壊れそうに震えていたのを覚えている。
さて、私の学生時代、彼らはスターであった。もちろん、親しく喋るなんてこともなかったのであるが、ビジネスの世界に入ってからは何人かのメンバーと親しくさせていただいている。
前述のリーダーの佐々木忠平さんとは、同じ町内であったということもあり、何度か話をする機会もあったし、東京でも私もメンバーであったI-Mediaの会合ででも、池田洋一郎さんと一緒に歌ってもらったことも。そのときはゲストにつのだ☆ひろさんが講演に来ていたこともあり盛り上がった。
池田洋一郎さんとは、メンバーの中では一番親しくさせてもらっている。仕事も何度か一緒にさせていただいた。池田さんはいまは「コクシネル」をベースに音楽の道でも活躍の場を広げているし、「めんたんぴん」の他のメンバーも、数年前に再結成されたりもしたが、今はそれぞれの分野で活躍されている。
何れにせよ、私の記憶の中での「めんたんぴん」は、大学時代に京都や、夕焼け祭りで観たパワフルな「めんたんぴん」なのである。永遠に記憶の中にある日本で最高のロックバンドである。
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今回の人物紹介はI.M.Hiroshiさん。本業は画家。福井県の金津にある「金津創作の森」にアトリエを構えている。
さまざまな分野で活躍中のアーティストたちが、四季折々に表情を変化させる自然の中で「森」とともに生活を営み、創作活動を行なう場所、それが『金津創作の森』。そこの一番奥に、明るくてとてもカラフルなアトリエが建っている。
●I.M.Hiroshiさんプロフィール
昭和19年、福井市出身。少年時代よりゴッホに魅了され画家を志す。以後、世界を巡る。パワーとエネルギーが充実している今「アダムとエヴァ」シリーズ100連作の制作を開始。
本業は画家と書いたが、どう表現したらいいんだろう?少し変わった、というか女性の性をモチーフにした絵を描いている。しかし、カリフォルニアの街並みを明るいタッチで描いたもの、富士山をテーマにした絵など、そのカバーする範囲も広げている。また、最近では九谷焼や漆の世界でも活動の場を広げると同時に、ゴミ処理などの環境の面での活動などアート以外の領域でも才能を発揮しているアーチストなのだ。
一昨年、鬼をテーマに色々なアーチストが作品を作ったのだが、そのパーティで彼は、鬼の被り物をかぶりフラダンスを踊った姿は、いまも脳裏に焼きついている。
ところで、いつも文章を書くときに、一応、その人をgoogleで検索してみるのだが、あれま、いつの間にかI.M.Hiroshiさん、ホームページもブログも持っているじゃない!?びっくりした!(^^;;I.M.Hiroshiについての詳しいことはこちらをご覧いただきたい。
確か61歳になったはずであるが、I.M.Hiroshiさんは、これからも成長し続ける若さあふれる方である。
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今回は、こんなまじめに紹介すのは、ちと気がひけるのではありますが、私の飲み友達、クラブ仲間?の井上浩二さん。
彼は映像制作会社、イノセンスの社長でもあり、FM石川のパーソナリティで、いまは毎週金曜日夜6時からの「KANAZAWAHOT100」を担当している。
http://fmishikawa.co.jp/dj/inoue/main.html
まぁ、この人ほど、素面のときと飲んだときの人格が違うのも珍しい!(笑い)知っている方も多いかもしれないが・・・・。普段は、本人も言っているのだが、「人見知りして大人しくて話ベタ」。しかし、ひとたび酒を飲んで酔っ払うと、噛み付き、セクハラ、暴言・・・・。まるで、ジキルとハイド!
まわりは、ハラハラドキドキものですが、彼のいいところは、宴席でやった数々の無礼講を、翌日、全て忘れているというところ。初めて会う人はびっくりするが、その忘却力の凄さが彼の魅力なのかもしれない。
また、王様ゲームとマージャンが大好き!いつかそれで身を滅ぼすかもしれないと思っているのは私だけ?
皆さん、街で井上さんを見かけたら、叫びましょう!
「日頃の行いを神様は見ている~!」と。
ところで、井上さんは、昔、渋谷、六本木でDJをしていた経験を持っている。そこでは、いろんな人と仲良くなり、渋谷、六本木にDJ浩二あり!と言われていたそうである。(本人談)
かのDJホンダ氏とも同じ渋谷で回していたそうだ。
いまは、金沢でその貯金で生きているようなもの・・・?>ごめん、浩二!
しかしながら、70’80’のダンスミュージックを回したら右に出るもの無し!80年代当時、DJのミックステクニックは東京NO1=日本ーと言われていたそうだ!?(これも本人談:事実を確認する手立て無し(^^;;)
まぁ、毎回同じと言う声もたまには聞こえるが、ノリがいいのはgood!
そんなこんな井上さんですが、普段は少し人見知りをするいい男。社長業でも石川県と愛媛県に事務所を構え、いま乗りに乗っている。FMのパーソナリティやDJで鍛えた声を、時々CMでも耳にすることがある。声だけ聞けばハリウッドの映画スター並み・・・?(^^;;
まぁ、色々書きましたが、普段から仲良くしてもらっている井上さん。これからも公私共に活躍されんことを祈っている。
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小松といえば、この人を忘れてはいけない!d-k(デジタル掛け軸)という新しいアートを創り出した、長谷川章さんである。
長谷川さんとは、仕事上のお付き合いはほとんどないが、昔から可愛がって頂いている。周りの人は「先生」とお呼びするのに、私は「さん」付けで呼ばさせて頂いております。(^^;;
昔、前にご紹介した東酒造での「あらばしり」「呑み切り」の会の世話人をやらせていただいたり、いろんなところでお声をかけていただいている。
長谷川さんの素晴らしいところは、膨大な作品をほぼ一人で制作しているところ。昔、ハリーという、一台3億円もするノンリニアの映像編集機材を、日本で初めて個人で導入し、彼独特のデジタル編集のコンテンツ作りの第一人者の地位を築いた。膨大な量をストックしている映像から、デジタル処理されることでまったく違った映像を創りあげる手法は、その当時はとても斬新であった。近年同じような映像処理されたものはCMなどでも頻繁に見られるようになったが、その原型を作ったのは長谷川章さんであったと言える。
スタジオは小松市の木場潟に面し、白山を一望できる素晴らしい環境。彼は、そこに世界中からクライアントを招待し、そのスタジオでコンセプトを創り上げていくプロセスを大切にしているのである。
長谷川さんが、いま取り組んでいるデジタル掛け軸(d-k)。
昨年末にギリシアにおける日本文化年2004のフィナーレを飾る「長谷川章 デジタル掛け軸 New Year's Eve アクロポリスライブ」が開かれた。アテネのアクロポリス南斜面に建つ6大遺跡のひとつ、ヘロデス・アッティカス音楽堂正面壁で、12月30、31日に行われた。両日ともあいにくの天候にもかかわらず、ギリシャの人や観光客など多くの人がデジタル掛け軸(d-k)に見入ったという。
今年は、6/25日ドイツベルリン壁崩壊15周年記念dーk。5月か9月にNYのメトロポリタン美術館d-k。11月にカンボジア政府主催dーkアンコールワットなどが計画されている。
長谷川さんの様々な映像の持つ可能性を大切にしながら次のステップに踏み出そうとするエネルギーとバイタリティには尊敬の念を覚える。
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輪島塗は高級な漆器で有名。でも、山中塗も素晴らしい!江戸時代初期、ろくろによる木地椀の製作が始まりと伝えられる山中塗。その特色は、塗りもさることながら木地挽にある。
その山中塗の「ぬしや」工房をもちながら、篠笛の名手でもあり、必殺のそば打ち人でもある八木繁さんを紹介したい。
八木さんは、いま息子さんと二人で漆工房を営む。傍ら篠笛愛好会を主宰。たくさんの篠笛愛好者に教えている。篠笛は、ここでも何度もご紹介した東酒造での「あらばしり」「のみきり」の会でも毎回吹いて好評を博している。
それと、こちらも玄人肌なのであるが、八木さんの打つ蕎麦もとても美味い!毎年11月の最終日曜日に我々を招いてくれて、新そばの会を開いてくれる。こちらの様子は昨年のブログに書いた。詳しくは八木さんのホームページにも詳しく書かれているのでそちらを観て欲しい。
このように多方面で活躍する八木さん。じつはもうお孫さんもいらっしゃるのだが、奥様共々とても若くて明るい青年のような人だ!いつまでも活躍されんことを!
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小松を好きになり、そのまま住んでしまった著名人が何人もいる。その一人がスーパーカッション奏者の小幡亨さんである。
私が小幡さんと初めて会ったのは、神泉のあらばしりの会でスーパーカッションを演奏してもらった時である。そのときは今は亡き「やっちゃん」とのコラボレーションに唸ったり、2次会でのオヤジギャグ合戦でも楽しませてもらった。
でも、そのときは失礼ながら、カーネギーホールでも演奏している有名なパーカッション奏者だとはわからなかったのである。
小幡さんはホームページにも略歴が書かれているが、世界中で数々の演奏を行っているのであるが、小幡さんは一見、どこにでもいるようなオジサン。(^^;;普段話していても、ダジャレを連発。でも、一旦、打楽器の前に立つと、凄い殺気を感じさせるほど。そのギャップがたまらない魅力である。
彼は打楽器奏者ですが、単にドラムや太鼓といった狭いジャンルではなく、アフリカの民族楽器からスチールドラム、竹の打楽器を自分で製作したりと、本当にアイデアとバイタリティが素晴らしい。まさに、魂を揺さぶる演奏家である。是非、機会があれば、彼の演奏を聴いてみてください。
こんな人が小松にもいることを喜ばないといけない!
彼のことは、彼自身が作っているホームページを見れば大変よくわかるのでそちらを!あと、毎月第一火曜日に金沢のメロメロポッチでコンサートをやっているのでそちらも是非!
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「あさぴーの独り言」では、私の友人や日頃からお世話になっている方々もこれからご紹介していこうと思っています。記念すべき(?)第一回目は洋画家の八十山和代さんです。
まずはプロフィールです。
八十山和代(やそやま・かずよ)
洋画家
1959年 ブラジル・バストス市生
故郷石川県と京都にアトリエを構え、洋画では珍しく竹をモチーフとした作品を描きつづけている。同じ洋画家として活躍した母、故雅子との親子展をはじめ、東京、京都、ブラジル、中国、ニューヨークなどで次々と個展を開催、好評を得る。サロン・ド・パリ正会員、竹文化振興協会会員、エネルギー・資源学会会員としても活躍。
アトリエ
八竹庵(はちくあん)/京都市西京区大原野
清雅庵(みやびあん)/石川県小松市
詳しくはこちらを。
彼女とは7~8年前に出会った。前に紹介した東酒造の「あらばしりの会」でのこと。あとでわかったのだが、昔、同じ会社にいたこともあったらしい。当時私は名古屋にいたので直接は接点はなかった。でも、そんな縁もあり、それ以降親しくお付き合いさせてもらっている。
彼女の生まれはブラジルだが、その後、すぐに両親の故郷である小松市に移る。これ以降20代前半まで小松市で過ごす。
彼女は「竹」をモチーフに世界を舞台に活躍している洋画家である。
普通、画家の場合、日展や二科展など個別のグループ?に属して活動をしていくわけだが、彼女の場合はどこにも所属せずに、彼女一人の営業?活動で個展を開き、人脈をつくり、その人たちに絵を買ってもらうのが彼女のこだわりというかやり方である。
そのバイタリティたるや、並みの男性ではとても歯が立たないほど。前総理の森さんはじめ、彼女を支えてくれるファンの数は相当の人数になっている。
時々、小松に彼女が来たときにお会いして話をするのだが、大体、95%は彼女が喋りっぱなしで、私は相槌を打つだけというパターン。それだけ喋りだしたら止らないのだが彼女の熱意・情熱には本当に頭が下がる思いだ。そのために彼女の支援したいという気持ちをいだく人たちはたくさんいるわけで、その輪は世界中に広がっている。
彼女は洋画家である。しかし、そのカテゴリーにとどまらず、数年前、「竹」の原産地でもある中国に、水墨画の技法を学ぶべく西安の美術学校に自費で1年間留学をしたりもした。彼女には失礼だが、決して若くもない年齢で、なおかつ向上心を持ち続ける彼女に大きな拍手を送ったものだ。
彼女はいまアメリカのボストン美術館で個展を開く夢を持っている。これまでも、中国南京博物院や上海美術館、北京の中国革命博物館、ブラジル国立歴史博物館などでも個展を開いているが、今度はいよいよボストン美術館である。これまでも彼女は自分の「夢」を実現してきた。近い将来必ず実現するものと信じているし、出来る限りの応援をしていきたい。
私の画家に対してのイメージを変えさせるきっかけは彼女だ。
でも、営業力、そして人を八十山マジックに引き込む力。画家にしておくのは惜しいのかもしれない・・・。
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たまには、グルメ以外の話題も書きたいと思う。石川県松任市に浅野太鼓楽器店という大太鼓のメーカーがある。
ここは、特殊な技術を要する口径三尺(約91)以上の大太鼓について全国生産高の約七割のシェアを維持している。この浅野太鼓の専務である浅野昭利さんとは懇意にさせていただいているが、今日は彼が産みの親であり、成長を支えている女性3人の太鼓のプロ奏者グループ「炎太鼓」を紹介したいと思う。
地下朱美さん、山本綾乃さん、木下千恵子さんの3名で構成される炎(実際は火を3つ書く)太鼓は、1992年に地下さんと他の2名(結成当時のメンバーは山本さん、木下さんと違う)で結成され、同年に山本寛斎さんがモスクワで開いた『ハローロシア』やカーネギーホールでの演奏など、世界中を飛び回って演奏活動を続けている。
浅野専務には、前に無理をお願いして、東京のNHK情報ネットワークの会合「I-Media」で炎太鼓の演奏してもらったことがある(写真)。そのときはまだ地下朱美さん、山本綾乃さんの2人だけがメンバーで、漢字の通りの炎太鼓であったが、昨年、木下千恵子さんが入ってめでたく三つの火を重ねた「ほのお太鼓」となった。3人の「ほのお太鼓」は昨年8月の金沢城の夏のイベントで久しぶりに聴いたが、やはり3人になってさらにパワーアップした感じである。
結成当時からメンバーでリーダーの地下さんは、30才を過ぎたころから太鼓をはじめ、いますでに、ん十歳を超えているが年を重ねるほどに太鼓の円熟味とパワーも増しているような気がするのは私だけだろうか?
現在は、3人での「ほのお太鼓」での演奏はもちろん、他のミュージシャンやアーチスト達とのコラボレーションにも新しい境地を見出している。これからも益々の活躍を期待している。
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北陸は浄土真宗王国である。石川県も当然そうである。
鎌倉から戦国時代にかけて、一向一揆により、地侍や百姓衆が守護富樫政親を倒したのち「百姓の持ちたる国のようになりて」といわれ、約100年間一向宗(浄土真宗本願寺)門徒が支配している。
その後、前田家がこの地を支配するようになり、一向一揆の対策などのために寺を一ヶ所に集めた町づくりを行った。小松も加賀藩三代藩主の利常が隠居城を作り、小松の町を再興したときに多くのお寺が各地より集められたのである。
その小松にあっても、大きなお寺であり今一番、昔からのお寺本来の姿である門徒さんが集まるところとして有名な本光寺というお寺がある。
ここは、いち早くインターネットに注目し、Webやメールマガジンを使った情報発信を積極的に行っている。
本光寺「スカッと念仏」のWebサイト
http://www.geocities.jp/honkojibb/index.html
メルマガ「本光寺だらメール」
http://homepage.mac.com/hon1/sukanen/merumaga/merumaga.htm
これらの情報発信の中心人物が、友人のしゅうさんである。
広島出身で、縁あって小松本光寺に入り、早10年?いまや、小松でも有名人!
そのしゅうさんの影響か、若いお坊さんもブログを始めるようになった。
また、本光寺では「円満の会」というNPO法人を設立し活動を始めている。実に活発な活動を繰り広げているお寺である。
お寺というものは元々は、地域の中核となる施設であり、人々が集まる場所だったものがいつの間にかお葬式や法事にだけ接するところとなってしまった感があるが、ここ本光寺は違う。
まさに「集い」を演出する現代の集会所である。
私も昔、「小松の夜を楽しむ会」という集まりで、本光寺の本堂をお借りして、能、金春流のシテ方櫻間眞理氏(現在は櫻間右陣氏)に舞ってもらったこともある。こころの広いお寺であり住職である。
感謝感謝!
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私もミスになる前から、とある会合でお会いして、ミスになってからも数回お会いした。
10月も小松短期大学の学園祭のゲストとして、小松に来たときも「エスメラルダ」というバーで一緒に飲んだこともある。
彼女は今年始め、2004年度の第36代ミス日本に選ばれた。金沢市出身で現在、フェリス女学院大学の2年生。身長1メートル75の抜群のスタイルで、写真を見ても174cmの私より、ヒール分高いのである。(^^;;
ミス日本に選ばれて以来、日本全国をミス日本としての色々な行事に出席しているし、石川県の観光キャンペーンの“顔”としても起用されている。
会って話をすると、とても気さくで明るく、しかしながら高校時代海外留学経験もあることから、芯が強くしっかりと自分の考えを持っているのには感心させられた。
ミス日本の立場は2005年度のミス日本が決まると同時になくなるが、彼女であれば「素敵な女性」でい続けることは間違いないと思う。
ミス日本コンテスト
「ミス日本コンテストは、日本女性としての総合的な美を追求し、容姿はもとより健やかさや知性が要求され、誇りある日本女性の代表となりうる資質の持ち主を厳しい審査により選出する大会です。また、日本のこころと文化伝統を表現しうる女性を育てることを目的とし、美の親善大使として日本の社会、経済の活性化に尽力を尽くしております。」
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私の「お友達」のところでも紹介していますが・・・お友達という言い方はちょっと失礼かな?(^^;;・・・、小松市在住のアートプロデューサーの長谷川章さんが、12月15日から東京お台場のホテル グランパシフィック メリディアンにて、D-Kのライブ「過ぎるときを包む空間」を行っています。
イベントの内容はこちらをご覧ください。
http://www.meridien-grandpacific.com/hgp/ja/events/index.html
D-Kのことはこちらのインタビューをご覧になってください。
http://www.ostium.ne.jp/broadband/dk/INTERVIEW.html
年末は、ギリシャでもライブを行います。
ギリシアにおける日本文化年2004
長谷川章 デジタル掛け軸 New Year's Eve アクロポリスライブ
アテネのアクロポリス南斜面に建つ6大遺跡のひとつ、ヘロデス・アッティカス音楽堂正面壁で、12月30、31日の両日行われる予定です。
また来年は、ニューヨークでも予定されているなど、世界に羽ばたく年になりそうです。
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