大昔の加賀の国を偲ばせる古墳群跡を訪ねて
大昔の石川県はどんなところだったのだろうか?普段はあまりそんなことを考える機会も少ないと思う。
私は学生時代から歴史には少なからず興味を持っていたので、ふと、そんなことを考えて調べてみた。
加賀地方の昔(古墳時代~飛鳥時代)、国府が置かれていた。その場所については、小松市の東部にある住宅地「国府台」のあたりだとされている。それは、ここにはかつて「河田山(こうだやま)」と呼ばれ、古代日本の各国毎に置かれた政治の中心都市の一つであったとされている。だが、それを裏付ける遺跡は発掘されていない。
日本は645年の大化改新により、中央集権の政治体制確立を目指し、それまでの地方豪族による地方統治から、天皇中心の律令国家として、中央から派遣された国司が政治をつかさどるようになってきた。
そんな中、加賀国は823年に越前国から分国されたのだが、わずか四郡のみの小さな国であったようである。
さて、先ほども書いたが、小松市東部の加賀産業開発道路沿いの住宅団地、国府台には「河田山古墳群(こうだやまこふんぐん)」がある。総数61基からなる古墳群や弥生時代の高地性集落跡、奈良時代の須恵器の窯などが出土しており、計52基の古墳が発掘され、そのうち9基は現状保存されている。
特に注目されたのは、凝灰岩を積み上げて造られた「切石積横穴式石室」をもつ古墳で、天井がアーチ形となる全国にも例のないもの。それゆえ、発掘当時、全国の研究者などからも遺跡保存の要望が出され、石室は基盤ごと移築され、復元されている。
また、史跡資料館(入場無料)があり、その中には数々資料や、解体された33号墳の切石積横穴式石室も復元されている。
あと、小松市に隣接している能美市(旧寺井町)には、国指定の史跡である「和田山・末寺山古墳群(わだやま・まつじやまこふんぐん) 」もある。
この古墳群は3世紀後半から6世紀の間に造られたもので、前方後円墳や円墳など40数基が確認されていおり、隣接した能美市歴史民俗資料館で出土した副葬品などが公開されている。
石川県には、これ以外にも各地に縄文時代から弥生時代、古墳時代にわたっての色々な遺跡が発掘されている。時々は、私達のルーツを訪ねて古代に思いを馳せてもいいかもしれない。
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